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◆《買い物》
 敬老の日の買い物にでる。
 子どもを連れてゆき、メインの買い物をできるだけ早めにすませ、一度、直接絵本を選ばせてやろうという魂胆があった。いつもいく百貨店は絵本がわりと充実しているのである。
 が、しかし……
 買ったのは結局、アンパンマンの本だった。
 それがいいのかどうかはよくわからない。だが、子どもを楽しませるよりは大人が楽しんでしまっている絵本が多いような気は、たしかにする。並べて選ばせたら、子どもにとって見慣れたもの、いたれりつくせりなものを欲しがるのは仕方のないことなのだろうか。
(98.9.6)

◆《温水プール》
 ポニーに乗れる牧場と、プールとどちらがいい?ときくと、プールがいいというので、温水プールにいくことにした。生駒山頂にあるふれあい村というところへ、ドライブがてらでかける。
 簡易保険の運用などで経営されている施設らしいが、プールの他にもフィールドアスレチック、テニスコート、風呂などがあり、宿泊も可能でなかなか充実した感じだ。
 ただ、プールそのものはそんなに広くはない。それでも幼児用と一般用(といってもほとんど子ども用だが)があり、むすめはいきなり一般用を目指した。もちろん背は立たない。その背の立たないプールで、浮き輪だけをたよりに泳ぎだしていく。手を貸すと怒りだし、自分だけで浮いてると機嫌がいい。
 怖いもの知らずは遺伝なのか、それともここまでの育て方の結果なのか……。
(98.9.15)

◆《幼稚園選び》
 ここのところの悩みのタネは、幼稚園をどうするかだ。
 妻は連日説明会を回っているが、ここという安心感を得られないらしい。もともと、夫婦ともに三年保育ではないこともあって、どうも三年保育そのものに対して少し懐疑的なところはある。その上、近所にある四つの私立幼稚園は、どれも一長一短らしい。極端に思える放任主義、教育偏重主義、画一性を押しつけられそうな気配……等々、否定的な感想が多い。
 といって、それらはあくまで問題点を探した場合のことであるともいう。二年保育で十分という話もあるが、さてどうしたものだろう……。
(98.9.19)

◆《台風7号》
 台風7号がきた。ピーク時には家にいてやろうと、仕事を切り上げて帰宅する。2時半ごろから暴風雨となり、自転車が倒れ、ゴミ箱がとんだ。
 これが台風だということを子どもに教えようと、窓の外を指さすのだが、「どれ? どこ?」とあまり理解できないようだった。一緒に外へでてやろうかと思ったが、おばあちゃんの手前今回のところはやめにした。

 そうこうするうちに電話がなった。なんと運送屋さんが仕事場に荷物をもってきているという。予定では25日なのだが、「そんなこと言われても困るんですよぉ」等々と言われたら、受け取りに行かないわけにはいかない。とにかくすぐに行きますということで電話を切った。
 仕事場までは車で15分ほどだが、木の枝やゴミ箱が舞い飛ぶ道路はさすがに怖い。前の車が急に蛇行してよけたのは発泡スチロールのトロ箱だ。たしかにこれはよけるしかないと思ってハンドルを切った瞬間、同じようなトロ箱がフロントガラスめがけて飛んできた。一瞬のことなので何の反応もできない。そのまま飛び去ったが、これにはびっくりした。
 仕事場につくと大急ぎで走っていったのだが、途中、路上の「とまれ」の白いペイントかマンホールの蓋のどちらかで足を滑らせて転び、両膝をケガしてしまった(半ズボンをはいていた)。
 急いでシャッターをあけ、たしかに待っていてくれた運送屋さんから荷物をもらう。……が、それは今まで受け取ったことのないものだった。おまけに納品書とモノが一致していない。「これ、違いますよ」「えーっ!?」などと言いながら、関係方面に確認をとっていると、運送屋のおっちゃんが「えらい血ィ出てまっせ」と言う。見ると、ほんとに両膝から靴下にとどくまで二、三筋血が流れている。擦り傷とはいえ、こんなケガをしたのはほんとに久々のことだった。高校時代にラグビーをやってた頃以来だろうか……。
 結局、流れる血をティッシュペーパーで五回ほど拭きとったころ、誤配であることが判明したのだった。なにすんねん、ほんま。
(98.9.22)

◆《倒木》
 近所の公園の北東角付近で、台風による倒木がたくさんあった。枝葉の折れたものは公園全体でおびただしいが、この付近ではなんと、十メートルはありそうな針葉樹が根こそぎ倒れている。十本以上ではないだろうか。その根の部分があまりに貧弱なことにさらに驚いた。ちょうどロウをたらして立てたロウソクが倒れたような感じだ。足の部分に、それまで支えていたロウがついているように、薄っぺらな土がついている。なんとも不自然で、とても大きな木を支えられるようには見えない。ひょっとするとそういうものなのかもしれないけれども……。
(98.9.23)

◆《昌平くん》
 日曜日の午後、友人がぶらりと立ち寄ってくれた。愛息の昌平くんと一緒である。
 この数日、秋雨前線のおかげでこの上なくうっとおしい天気が続いている。思うように外で遊べずに退屈気味だったむすめは、大喜びだった。十ヶ月下の昌平くんも、しばらくするうちにリラックスして遊び始めてくれた。
 彼はどうやら楽器が得意で、おもちゃのピアノを弾く手つきもずいぶんそれっぽい感じだ。アルトリコーダーなどもよだれでびちゃびちゃになるまで放さない。
 しかし、なにより上手なのはタイコである。小さなタンバリンぐらいのタイコがあって、これを実に上手に叩く。叩きながらそのへんを歩き回るのだが、そのときのリズムと腰の落とし具合が絶妙の味わいなのだ。どんな民謡でもこなせそうな素質を感じたぼくは、いっぺんに昌平くんが大好きになってしまった。
(98.9.27)

★《最近のことば》★
 『たまげぎ』
 「たまねぎ」のこと。『とうもころし』というのもある。(98.9.15)

 『ごくろうさん』
 最初にきいたのは6月頃だった。とにかく、子どもには言われたくない言葉である。(98.9.23)

 『おしりになりたい』
 パンツをぬいでさらっとしたいという意味。現在のところ、少し露出嗜好があるかもしれない。(98.9.25)

◆《ハチに刺される》
 仕事のことでなにかとバタバタして帰宅すると、玄関に障子紙のロールがたてかけてあった。表具師であるお義父さんが貼り替えにきてくれたらしい。たまたま留守だったらしく、紙だけを置いて帰られたのだろう。はて、妻子はどこへいったのだろうか……。
 と思っていると、電話がなり、ほとんど同時に妻子の自転車が帰ってきた。電話はお義父さんからで、自転車の前カゴには小ぶりのひまわりが一杯だった。近所の畑で栽培され、自由に採らせてくれるひまわりである。なるほど、それで留守にしたわけだ。だが、妻の顔は笑っていなかった。「ハチに刺されてえらいことやってん……」と自転車を降りながら喋りはじめた。見ると、むすめの右手には包帯が巻かれている。「とにかく、お義父さんが障子しに来はったらしい。今電話かかってるねん」といって受話器を渡した。
 結局、お義父さんにはもう一度障子の貼り替えに来てもらえることになった。ハチのほうは、持っていた虫さされの薬(ジュラールという、特にハチに刺されたときにはすぐに塗ると効果がある、と私が信じている薬)をすぐにたっぷり塗って、なお痛がるのでいきつけの小児科へ走り、午後の診療時間前にジョギングから帰ってきたばかりの汗だくの先生をつかまえて治療を受けたとのこと。それならまぁ心配ないだろうと思って、犬の散歩にでた。
 帰ると、今度は、障子貼りに興奮したむすめがはしゃいだせいで、お義父さんの剃刀で少し指を切ったという。大したことはないが、まったくのかすり傷よりはちょっと深かった。ハチに刺されたほうの手だ。親指のつけねをハチに刺され、人差し指の背中のほうを剃刀で切ったことになる。受難の日である。
(98.9.30)