
◆《娘が消えた!》(承前)
悪い夢でも見ているような気分というのは、こういうのをいうのだろう。本当にぱっと目が覚めてみんな夢だった!で済んだらいいとまじめに思う。だが状況は、どうにも信じられないことをどうしても信じるしかない方向へと進んでいった。現実を受け入れろ!効果的に動け!と自分に言い聞かせるのだが、どうにも頭がついていかない。娘が消えてしまうなんていうことが現実に起こるものだとは。
しかし、実際に家族三人が必死になって探し回っても見つからなかった。たくさんの店員さんたちも手分けして探してくれていたし、館内放送も再三流れた。「ちいさい子やったら、すぐに泣き出すんとちがう?」「中にいてるんやったら、これだけ探してたら見つかるはずやわ」「外へでたんやろか……」といったひそひそ声が誰からということもなく聞こえていた。そうなのだ。
とにかく、いないことはいないのだ。オロオロしていても仕方がない。もう一度だけ自分の目で全館を探してみて、それでもいなかった次のことを考えるしかない。そう決めて、地階から三階までをたどった。子どもはよくエレベータに乗るよと声をかけてくれた人もいたが、それも探したし、駐車場も、売場の奥の倉庫も探した。あとはフラフラと外へ出てしまったか、誰かに意図的に連れ去られたか、いずれにしても建物の外へ出たと考える以外にないようだった。口がカラカラで、胃袋と心臓が絡み合っているような感じだ。
スーパーは信号のある道路を隔てて公園に面していた。二つある出入り口も公園側を向いており、ガラス張りになっている二階から見下ろしていると、人の動きは激しく、それぞれがあらぬ方向へ散っていこうとしているように見えた。この人たちの中に紛れて、一人では一度も渡ったことのない信号を渡って、公園に入っていってしまったのだろうか? それとも、道路にそってフラフラと歩いていったのか。そうでなければ、裏手になる駐車場の出入り口から出ていったか。それも自分で歩いてでなければ、誰かの車に乗せられて。
誘拐という言葉は最後まで思い浮かべたくなかったが、もしそうなら一秒でも早く行動しないといけない。いつまでも可能性を無視しておくわけにはいかなかった。ただ、状況から考えて営利誘拐の可能性は低いだろう。自分が犯人なら、別の機会を狙うだろうし、うちなんかよりももっと資産家を選ぶ。それよりも興味本位で公園で遊ぼうなどと連れ出されたか、自分から誘って出ていったかのほうがありそうだった。いや、ありそうというのなら、目を離したのが一分にも満たない時間だったのだから、外へは出ていないと思いたいのだが……見つからないのだから……とまた考えが堂々巡りしそうになる。この何分か何十分かのあいだ、何度同じことを考えただろう。
妻がほとんど泣き出しそうに「どうしょう」ときいてきた。「これだけ探しておらんかったら、警察にいうしかないやろ」「うん。……誘拐されたんかな」「わからん。とにかく、一回公園見てくる。おまえは取り乱さんようにして、お店の中におり」といって外へ出た。
たしかに、店を出たときに目の前の信号がたまたま青になっていたら、子どもでもそのまま渡ってしまえそうな気がした。普段から親と離れて遊んでいても平気なところがあるので、テンションが上がっていたり、なにかきっかけでもあったら本当にそのまま公園にいったかもしれない。信じがたいけれど、そのほうがむしろ安全かもしれない。
実際に交差点を渡り、公園に入って、周回道路まで走って、見通せるかぎり目を凝らしてみる。妻のコートをひきずっていれば目立つだろうが、どこかで脱いでいるかもしれない。どちらにしてもそれらしい姿はなかった。同じように探してくれているスーパーの店員さんの制服が見えた。
そうだろう。道路があるのでやはりそう簡単にはここまでこられないだろう。なら、道路を渡らずに他の方向へ歩いたか、それとも駐車場から出たかしかなくなる。結局、車の可能性しかなくなるのだろうか。営利誘拐でなければ、興味本位やなりゆきの誘拐になる。最近の事件の記憶が頭をかすめて、そのほうが営利誘拐よりもはるかに恐ろしかった。胃袋と心臓がくっついたような感覚はひどくなる一方で、顎のあたりに力が入っているのか、細かく震えてどうしても止められない。それ以上のことは冷静に考えられなかった。今この瞬間にスーパーから「見つかった!」と言ってきてくれたらと思う。しかしスーパー前の人混みに見えたのは、入り口付近で人や自転車を誘導したりする係員と話す妻の姿だった。状況は変わっていないようだった。
スーパーに戻りもう一度一階を見回った。少し似た感じのはしゃぎ声が聞こえたが、やはり別人だった。
二階に妻と母親がいた。妻は「あっちゃーん、あっちゃーん、どこいったのぉ? どっかに隠れてたりせえへんのぉ? なんでいなくなるのよぉ……」と涙声で呼びながらフロアをさまよい歩いている。母親は店長らしき人と話していたが、疲れ果てた顔になっていた。
そばにいくと、店長らしき人が「お父さんですね」と話しかけてきた。「手の空いている者全部で、全館くまなく探しましたが、中にはおられないようです。周辺も手の届くところは見たんですが……見つからないです」「そうですか。ありがとうございます」と答えると、母親がうつむいたまま「もう警察に言うしかないわ」といった。私自身もそう考えていたので「そうやな」と答える。店長も「私もそのほうがいいと思います」といった。とうとうここまできてしまった。子どもが消えたのは、悪い夢ではなくてあくまでも現実なのだ。できることをしていくしかない。私は腹をくくった。「そうしたら、すみませんが警察に連絡して……」と言ったその瞬間だった。「いてたあ!」という声が上がった。フロアの中央の方向からだ。何人かの人が、一斉に声の方へ走り出し、私も走った。フロア中央付近の女もののコートが並んだ通路に、若い男性店員がぼんやりとつっ立っていた。その足下のあたりに妻が座り込み、子どもを抱きしめて「あっちゃん、あっちゃん、どこにいてたのよぉ……」と声をあげて泣いている。子どもも泣いていた。それを見た瞬間に全身の力が抜けていった。
結局、娘はかくれんぼをしていたらしい。一人でフロアを走っているうちに「あっちゃーん」と呼ぶ声がしたので、ふと思いついてコートのあいだにもぐりこみ、誰かが近づくたびに身を固くしていたのだろうか。精密な会話はまだできないが、「いないいないばあしてたの」と言うから自発的に隠れていたことだけは間違いなさそうだ。そうでなければ、もっと簡単に見つかっていただろう。店の人たちに何度も頭を下げて、とりあえずベンチのあるところへいって座った。
母親がショックと疲れで歩けなくなってしまったが、三十分ほど休むとなんとか回復してくれた。家に帰るといつもよりも二時間近く遅かったので、そのうちの半分以下だとしてもたっぷり四十分ぐらいは隠れていたことになる。それも泣きもせずにだ。一体どんなことを考えていたのだろう。
その時間が三歳に満たない子どもにとってどんな意味を持つのかはわからない。楽しかったと感じてこれからもやらかすのかもしれないし、すぐに忘れてしまうのかもしれない。だが、少なくとも残りの家族にとっては、一生忘れられない時間になることだろう。三歳になる前の頃こんなことがあったと、しつこく言い続ける親を嫌ったりすることになるかもしれない。いずれにせよ、この先、誘拐事件のニュースはまともにきけないような気がする。そのたびに心臓の縮むような感覚がよみがえって、たまらないだろう。
(98.11.21)
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