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◆《叱る》
 熱帯夜が続くようになってから、一晩中エアコンをつけっぱなしにしないと眠れない。そうすると部屋が乾燥するので、妻が、氷とお茶を入れた水筒を枕元においておくようになった。
 夜、たまたまその水筒を持って上がったとき、氷の音がしたのを聞きつけて、子どもがその氷を食べさせてくれとだだをこね始めた。現実に、水筒の口から氷だけを取り出すのは難しいので、それを説明してダメだと言う。しかし納得せず、「自分でやってみる」と言うが早いか、布団の上で水筒のフタにどぼどぼとお茶を注ぎ始めた。すぐにこぼれて布団はびしょびしょである……。
 ひさびさに大声で叱った。
 ついでに、ほっぺたもちょんとつついた。

 ……あ〜あ、こんなことで怒るのはイヤだイヤだ。
(99.8.1)

◆《皮膚科》
 子どもの右側の鼻の穴の上のところに大きなイボができていた。場所が場所だけに気にしていたのだけれど、本人の驚異的な?自制もあって、様子を見ていた。ここへきて、風邪でかかった医者の助言を受け、皮膚科へいくことにした。最近できたらしい、女性医師の医院である。

 順番がきて妻子が診察室に入ると、すぐに妻が私を呼びに出てきた。「ベッドに寝てくれへんねん」という。見ると、まぶしい光の大嫌いな子どもが、診察用のスポットライトを顔に当てられるのを嫌がって、体を固くしていた。とにかく寝かせたが、どうやらすぐにイボの処理にかかることが決まっていたらしい。否も応もなく、ドライアイスのようなもので冷却した綿棒のような器具を持った医師が、ぎゃーぎゃー泣いている子どもに向かって、「他のところに触ってしまうから動かないで」などと言っている。大人に言うのとなんら変わらない口調だ。泣きじゃくっている子どもにそんな言い方をしても通じるはずがないのに……このオバチャン大丈夫かいな?と思ったが、「あんた大丈夫?」というわけにもいかず、妻の出したハンカチを子どもの目の上にのせて落ち着かせ、ちょっとだけがんばれと耳元で言い聞かせて、子どもを押さえつけた。
 「いたいーっ」「ギャーッ」という叫びと号泣を何度か繰り返して、一回目の治療は終わった。二回目は二週間後である。イボがなくなるまでそれを繰り返す、ということを雑草の駆除でもするかのように淡々と告げられた。子どもをあやす言葉の一つも吐けない医師にむかって、「ありがとうございました」と泣いている子どもに言わせてから診察室を出た。

 待合室には絵本が置いてあったので、子どもの患者も想定しているのだろう。だが、子どもに対する接し方は、子どもを持つごく平均的な大人よりもヘタクソだ。子どもを気づかう言葉の一つでもかけてくれたら、親も子もずっとほっとすると思うけれど、それは難しいことなのだろうか。または不要なことなのだろうか。
(99.8.2)

◆《暑い日》
 妻の検診日。仕事が一段落したこともあり、車で送ってつきあうことにした。おばあちゃんと孫での留守番も、もうそろそろ大丈夫だろう。ただし、朝の着替えのときにお気に入りのピンクのワンピースを選んでおく。これを着ると、おひめさま気分になっておとなしい(らしい)からだ。
 予約の時刻は九時で、けっこう早い。ところがのっけから、いつもならそろそろあいてくれるはずの踏切がなぜかガンコで、車がいっこうに進まず、予約には間に合いそうになくなってしまった。ようやく進んだと思うとエンストなんぞをやらかしてしまう始末。結局予約の時刻には十五分ほど遅れてしまった。その後少し分かれて過ごしたが、診察はそれほど遅くならずにすんだようだった。

 おみやげに絵本を買って帰ろうということで、病院の近くの百貨店の駐車場に車を入れる。最近その百貨店の絵本売場が拡充されたので、絵本好きな妻に一度ゆっくり見せてやりたかった。駐車場から家に電話を入れると、そう遠くないところに住んでいる親戚が訪ねてくれることになったので、昼御飯にお寿司でも買って帰れとのこと。そうこうしていると、妻のよく知っている絵描きさんが、百貨店の画廊で個展をされているという館内放送を偶然耳にした。あわてて顔を出した。その後、地階の売場でバタバタとお寿司を買って帰ることになるのだが、なんと、駐車場で車のバッテリーが昇天してしまった。

 セルモーターが回る気配もなく、リレーの音だけがカチカチと鳴っている。なんの前触れもない。……いや、そういえば、朝一度エンストしたのだった。道のまん中だったので、あそこで止まらなかっただけラッキーだったのかもしれない。とはいえ、連日のように「この夏一番」の最高気温を更新するような炎天下、日陰のない駐車場で JAF を待つことになってしまった。しかも、家では家族と親戚がお寿司を待っている。
 幸い、30分も経たないうちに JAF が来てくれた。こういうときの彼らはほんとうに頼もしく見える。エンジンをかけてくれた後、「まぁ……やっぱりバッテリ買い換えはったほうがいいでしょうねぇ」という言葉を残して去っていった。

 あわてて家に帰ると、来るはずの親戚は、暑さにまいって途中で断念したとのこと。なんとも言えない徒労感に襲われる結果になってしまった。「ぱぱ、ばってりがだめになったの? ぱぱがなおしたのでかえってこられたの? ぱぱよかったね」という子どもの言葉だけが救いだ。
(99.8.3)

◆《ぶるーのこ》
 公園の砂場で一緒になるお友だちの中に、むすめが「ぶるーのこ」(ブルーの子)と呼ぶ子どもがいる。年下の子で、まだおもちゃの所有権が理解できないために、誰のものでも勝手に使おうとするらしい。それはそういうもので、なにも特別なことではない。うちの子もそうやって他人(ひと)のものを使わせてもらったりしながら遊んできたわけだ。
 それが、ふとしたことからおもちゃの取り合いになって、小突きあいになったらしい。それ以後「ぶるーのこがごんただから」と言って絶対にゆずらないのだった。要は、相手のほうが乱暴をしたので、私は彼女には絶対におもちゃを貸してあげないというのである。

 ブルーという言葉がきっかけになって、全然関係のない話題から、むすめがまたその話をしはじめた。以下その様子。

娘:あっちゃんはね、ぶるーのこがごんただからね、おもちゃをかしてあげないの。
妻:それはあなたのほうが大きいおねえちゃんなのに、気持ちよく貸してあげなかったから、あのこがごんたをしただけなのよ。あなたも小さいときは、砂場のおねえちゃんやおにいちゃんのおもちゃを借りたでしょう?
娘:そぅお。でもね、かしてあげるのはあっちゃんいやなの。
妻:だからね、あなたが嫌っていうから、あの子も叩こうとしたり、無理やり持っていこうとしたりするのよ。貸してあげなさい。
娘:いや。
妻:どうして? あっちゃんが使ってないときだったらいいでしょう?
娘:あっちゃんがおもちゃつかうから。
妻:だから、使ってないときだったら、貸してあげたらいいじゃない。また使うときに「返してね」ってやさしく言えばいいのよ。
娘:(泣き声で)あっちゃんじてんしゃにのりたいもん。
妻:あっちゃんが乗りたいときは貸さなくっていいわよ。でも、乗っていないときだったら、貸してあげてね。
娘:(泣き声で)だってぶるーのこがわるいの。あっちゃんはわるくない。
妻:だから、それはあっちゃんがやさしく貸してあげないからでしょう? あなたあの子よりおねえさんでしょう? なのにあなたのほうがいじわるになってるじゃない。
娘:そぅお。
妻:そうよ。ママはいじわるなあっちゃんは嫌いだわ。あっちゃんはおねえさんなんだから、小さい子にはやさしくしてあげなさい。そしたらあの子もありがとうって返してくれるんだから。
娘:でも、あっちゃんがおもちゃをつかいたいの。

 ……という調子で、堂々巡りを繰り返しながら延々小一時間妻子の会話が続いた。妻も今日は譲らないつもりだったらしい。ヘトヘトになって落ち込んでいた。
 結局、なんとか納得してくれたようだったが、端で聞いていて一つだけ気になったことがある。それは、むすめが「あのこのおかあさんがあのこをぺんってたたいたから、あのこがわるいの」と何度も言ってたことだ。
 妻によると、相手のお母さん(若くてきれいな人らしい!)にすれば、他人のおもちゃに手を出して断られているのにあきらめないから、申し訳ないような気持ちもあって叩いたのだろうということだ。それがどうやら「親になんども叩かれるような(絶対的な)悪いことをする子」というようにわが子には映っていたようだ。このあたり、難しいところである。
(99.8.6)

《書き忘れていたが、その後「ぶるーのこ」とは大の仲良しになった。親分子分のようにも見えるほどだとか。お母さんに事情を話し、お母さんからも「貸してね」と言ってもらうようになってからはうまくいくようになったらしい。(99.12.5)》