
◆《一ヶ月検診》
下の子にとって初めての本格的な外出。ちょうど検診のときになってお腹が減り、しかも検診が終わるまでは授乳を禁じられたために相当に大泣きしたらしい。
体重は4,500grで順調とのこと。びっくりする人もいたらしいが、実は姉の一ヶ月検診は5,300grだった。体格があったので免れたらしいが、数字だけだと警告ものだったそうだ。検診や手術の日にちを本来の予定日から数えるとその差はもっと縮まるけれど、それでも上の子のほうがでっかい。
疲れたのか、夜は久々によく眠ってくれた。
(1999.12.13)
◆《誕生日》![]()
上の子の誕生日。
もう四歳。早いなぁ。
実は、かわいいかわいいとあまり露骨には書かないように注意しているのだが、誕生日ぐらいはいいか……。(^^;
三歳ごろの子どもは、たまらなくかわいいものだ。来年はもっとかわいくなるか、それともなまいきさの方が目立ってくるのかわからないけれど、とにかく四歳の誕生日をむかえる今は、むちゃくちゃにかわいい。
以前「自我が崩壊してしまうほどかわいいよ」と友人が言ったが、自分も子持ちになってみると素直にうなずけてしまうものがある。ひとみの輝きも、ほほのつやも、くちびるの色も、それらが作る表情も、しぐさも、言葉も、なにもかもが愛おしくてたまらず、そんな自分が情けなくなる。
よくぞ生まれてきてくれたと感謝する。ちらっと子どもにそんなようなことを言うと、「あっちゃんもぱぱとままとうまれてくれてうれしいよ」と言う。産んでくれて、という意味だ。それがまた切ないほどかわいい。ダラダラとは甘やかさないぞ、と自分に言い聞かせないと本当に崩壊しそうだ。
さて、プレゼントはお姫さまドレス。一瞥して目の色が変わった。さっそく着替えてきたときには、顔が少し上気していた。これからこれで踊ろうとか、いろいろ言われるのだろうなぁ。
(1999.12.14)
◆《整形外科》
下の子の足の小指が少し内側にカールしているとのことで、病院の産科から整形外科に予約を入れてもらっていた。今日がその検診日。
なんでもいいが、11時の予約(予約だ!)で13時半ごろの診察になるのはちょっと納得がいかない。担当医がていねいに診てくれていたのは救いだが、それでも患者をバカにしたシステムだと言われても仕方がないだろう。特に乳児の場合は、両親や、母親とその親など、複数の人間がついてくることも多い。わたしもその一人。お医者サマよりも時間単価はずっと安いが、それでもわたしには貴重な時間である。そんな時間を簡単に占領するのはやめてほしいものだ。
そんな長い待ち時間のあいだほとんどずっと一緒だった、わたしたちの前のベンチの家族は、わが家とよく似た構成だった。すなわち三歳児のおねえちゃんと生後一ヶ月ぐらいの赤ちゃん、その母親とその両親(父方か?)という人たちである。赤ちゃんが整形外科で、おねえちゃんは皮膚科にかかっているらしい。おねえちゃんはうちの上の子とよく似た感じで、ものおじせず、近くにいた小学生の男の子に「こんにちわ」と声をかけて遊んでもらったりしていた。上の子が来ていたらおおはしゃぎになったかもしれないなぁ、などと思いながら眺めていた。
そのおねえちゃんが、突然あかちゃんに噛みついて、おじいちゃんにピシリと叩かれた。
乳母車の赤ちゃんを、おばあちゃんが抱き上げてあやそうとしたときだった。それまでなごやかだったその周辺の空気が、「また噛んだ!」「足や足!」といった言葉でピリッと緊張する。おねえちゃんは泣かなかったが、なんとも哀しそうな目だった。
同じようなことが、多かれ少なかれこれからわが家でも起こるのだろうと思うと、辛いような、切ないような、やるせないような、腹立たしいような、妙な気分。
検診の結果は、やはりカールしているので、引き続き処置が必要とのこと。このままでは立つときに痛みがあるかもしれないらしい。
(1999.12.15)
◆《肉離れ》![]()
肉離れ。筋肉の繊維が切れてしまうことだ。急激な運動や過剰な負荷、また低温の環境でも起こりやすいらしい。まさか自分に起こるとは思っていなかったが、災難は突然やってきた。
その瞬間の音は、クリアで、強烈で、等身大だった。音がするとは聞いていたが、本当である。
衝撃があったのは左足のふくらはぎだった。最初、野球の打球が当たったと思い、児童公園のコンクリートの山に登りかけの姿勢のままで「どこのどいつやぁ?」とあたりを見回した。が、さっきから誰も野球などしていないのはよくわかっていた。
唐突な寒波の中、それでも外で遊びたいという子どもにせがまれて公園にきていた。暗くなるまでの三、四十分というところ、気温は5度もないぐらいだっただろうか。大阪ではこの冬最低で、北風も強く、じっとしていると寒さが堪えた。
シンボル的な遊具となっているコンクリートの山は、実際には登りやすくできており、5歳ぐらいになれば手を使わずにそのまま登ることができる。もちろんわたしも五、六歩で登ることができた。そのときも、子どもの相手をしながらそうやってチョンチョンと登ろうとしたとき、突然「バシッ!」という大きく、鋭い音が体の中を突き抜けたのだった。太い弦をはじくような「ビィン!」という音にも聞こえた。ベースの弦を4本まとめて引きちぎったらあんな音がするだろうか。
激痛はなかった。音は凄かったが、痛さの印象は、皮膚の表面をパーンとはられたような感じ。思い当たるのは打球しかなかったが、そうではないとすると……ははあ、これはひょっとしたらキッたかな?と思った。だとすると、どうなるのだろう? 動けないんやろか? と疑問が次々に浮かんでくるものの、いつまでも山の途中で固まってるわけにもいかない。とにかく、そろそろと足を動かしてみると、動くことは動いてくれた。ありがたい。それなりの痛みはあるが、痛くて動かせないというよりは、壊れて動かしにくいという感じだった。
さて、どうしよう?
肉離れだとしても、残念ながら対処法などの知識はなかった。高校でラグビーをやっていたときに、練習中にタックルをくらったところが軽い肉離れになっていると医者に言われたことはある。けれどもそれはほとんど打撲であり、それ以上の印象は残っていなかった。
とにかく、動けば動かしてもいいものだろうか? 家まではおそらく2キロ近くあるだろう。子どもを乗せて自転車をこぐことができなければ、寒風の中を子どもと歩く以外には移動の手段がなかった。どうしようもなければ携帯電話で救急車を呼ぶという案もあるが、ちょっと大げさな気もする。かといって近所のどこに医者があるかも知らなかった。知っていても土曜日は休みだろう。とすると、とにかく自転車に乗ってみるしかなかった。だめなら歩けるだけ歩いてみよう。
親の異常には気づかずに山登りを繰り返していた子どもを呼んで、お父さんはケガをしたらしいからおうちに帰ろうと言い聞かせた。子どもを載せて自転車のペダルをこいでみる。足首を動かさないようにすれば、なんとか家まで帰れそうだった。助かったと思うと力も湧いた。
家につく直前に、はっきりするまでとりあえずナイショにしようと子どもに口止めしたが、まったくのムダだった。自転車を降りるなりトコトコ走っていって、
「まま、おばあちゃん、たいへんだぁ、ぱぱがあしにけがをしてとってもいたいよ!」
と大声で報告してしまう。
家に入って大丈夫大丈夫と言ってはみるものの、歩こうとすると、少しも大丈夫ではなかった。それほど痛みはないが、左足をどうにもうまく動かせない。ほんとに壊れてしまったかのようだ。階段となると、這うようにして上がるしかなかった。
まず「家庭の医学」をあたる。そこには、早急な医師の診察、重傷の場合は手術が必要としてあった。重傷という気はしなかったが、言い切ることもできない。ここはやっぱり医者にいこうと決めた。かかりつけのところなら、医師が居れば土曜日でも診てくれるだろう。
幸い、診てもらえることになった。やはり肉離れで、内出血してるようだとのこと。シップを貼り包帯を巻いてもらった。程度によって一週間から四週間というところだが、そんなにひどくはなさそうなので、10日もすれば動かせるようになるだろうということだった。……なんと、10日も動かせない!?
足が太いから包帯が足りないとか、いろいろ言われながら帰ってきた。なんだかんだ言っても、こういうときの医者ほどありがたいものはない。
とはいえ、ただでさえ慌ただしい年の瀬のこの時期に、とんだことになってしまった……。
(1999.12.18)
◆《最近のことば》
『リクツ言い』
喋れるようになってからは、口答えというか、とにかく素直な返事をする前に一言返ってくるのが通例になってきた。それがまた一応話が成り立っているところがコニクソイ。
たとえば、一旦帰宅しただけですぐまたでかけるのに、いちいち靴下を脱ぐ。脱がないで待ってろと言うと、「でもね、階段のときにすべるの」。「なら、階段のときだけ脱げ!」とかいうセリフも頭をよぎるけれど、それも大人げないかと思ってなんとなく黙ってしまう。
また、二階から一階の食卓に降りたとき、部屋がまだ暖まっていないのでなにか上着を着るように言うと、「でもね、ごはんを食べたらすぐに暖かくなるよ」。
このへんの、つじつまが合ってるようで実は合っていないリクツが、なんとも子どもっぽくてコニクソイのである。(1999.12.19)
◆《最近のとくいわざ》
☆トムとジェリーのカメラ☆
8ミリビデオカメラが壊れかけていて、ファインダが映らなくなってきている。とりあえずテレビでモニターしながら撮影してみようと、三脚を出し、映像のラインアウトをテレビにつないだ。上の子は、リアルタイムでテレビに映るのがとても面白いらしく、たちまちカメラいじりに熱中してしまった。
そのうちに「トムとジェリーのカメラを映して」と言い出した。意味がわからず、とにかくトムとジェリーのビデオを映してみると、一生懸命カメラを動かして、「動かない」と言う。なにが動かないのかわからず、じっくりきいてみると、どうやらスタジオでカメラを動かすように、トムとジェリーの世界でカメラを動かして、トムなりジェリーなりその動きなりを好みのアングルで見てみたいということのようだった。
いろんなことを思いつくものだ。(1999.12.19)
HOME・ご案内・アメとムチの日々・あるばむ・暖談畑・おまけ・Exit & Links
