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「ぱぱーっ! でんちがなくなったよー、いれてー」
標準語とも大阪弁ともつかない独特のイントネーションで娘が言ってくる。去年義父にもらったファービーが動かなくなったらしい。これはたしか単三乾電池が四本。その他にも、乾電池を使うおもちゃやモノはたくさんある。このごろすぐに音がでなくなるおもちゃのピアノは単三が四本、アンパンマンのカラオケブックについてるキーボードは単四が四本、モーラーというボールにしっぽがくっついたようなおもちゃは単三が一本(これには電源スイッチがない!)、いくつかある懐中電灯やペンライトも、まとめると各種とりまぜて十数本の電池がいるといった具合だ。
充電できる二次電池も使ってはいるが、メモリ効果などなにかと管理がややこしい。おもちゃが増えるたびにおもちゃほどの値段の二次電池を買い足すのもためらわれるし、最初は乾電池が付属しているものもある。勢い乾電池に頼ることになる。
買ってきたばかりの十二本や二十本といったパックがあっという間になくなるようになった時点(ずいぶん前だが)で、わたしの貧乏性がリミッタをかけた。とはいえ電池を使うおもちゃやモノがある以上は、買わないわけにもいかないのだが、いや、断じて電池代ばかりを気にしているのではない。年間で何十億本何百億本となるであろう廃棄乾電池を思うと、だらだらとおもちゃ用の乾電池を買い続けるのも気が引けるわけだ。
廃棄乾電池にどういう用途があるかは知らないけれど、少なくともこのあたりではゴミの分別収集すらまだ行われていない。普通はそのままゴミになるだけだろう。
少し遠くて普段はいかない家電店のチラシに、使用済み乾電池回収しますと書かれていたことがあった。以来、その店にいく機会のために、プラスチックの海苔の瓶がわが家の退役電池たちのたまり場となっている。すでに三分の一ほどたまっている。
「ぱぱ、このでんちをいれたら? たくさんあるよ」
デジタルカメラ用の二次電池をさして却下されたあと、娘が海苔の瓶をさして言った。
「それはねぇ、みんなもう力がないんだよ」
「ためしてみたら?」
ッタク、疑い深いところは誰に似たんやろ……。
「どうぞ、でもあかんと思うよ」
「ためしてみるよ」
そう言った目が輝いている。以後小一時間、娘は電池をとっかえひっかえして遊び続けたのだった。他のおもちゃや懐中電灯ももってきて、フタを開けられないものはどうするのかときいてきては、またいろいろ試してみる。中には少し余力のある電池もあるらしく、「これはまだちからがあるよ!」などと言っていた。
なるほど、こういうふうに遊べるものこそ子どもにとってのおもちゃなのだろうな。
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