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2000年4月10日(月)
◆《心地よく秘密めいた場所》

 二月に、それまでの机をパソコンラックに変えた。安っぽくはなったが棚があったりディスプレイを斜めに落としてセットできたりと、機能面は飛躍的によくなったわけだ。ラックの底部には補強を兼ねた板が渡してあり、足を置いたり電源関係のものを置いたりできる。これもありがたい点だった。そしてこれは子どもにとってもありがたかったようで、いつのまにかその足もとのスペースを自分の隠れ家にしてしまった。その気になれば体ごとその板の上に乗ってしまえるのだからまだまだ小さなものだ。ただしごそごそやっているうちにコンセントの類を抜いてしまうことがあるのは困ったものだった。

 さて、一緒に遊ぼうとせがまれながら応じてやれずにいるうち、例によってこそこそっと足もとにもぐり込んでいって静かになった。一瞬すねたかなと思いながらも忘れてしまい、作業が一段落したときに思い出した。そういえば随分長いあいだ入ってるな、それにしても静かだけど一体何をしてるんだろう……とそぉっと視線を落としてみて、ドキっとした。左手に持った爪切りが右手の中指の爪をくわえているところが見えたのだ。しかもくわえ方が少し深い。そのまま左手に力を入れていいかどうかをはかっているようだった。あっ!と声が出そうになったのを飲み込む。びっくりさせると余計危なそうだ。しかも怒られることを予想して隠れて静かにしているのだから、見つかったというだけでびっくりするだろう。だからよその方向にでも話しかけるような調子で、
「それはちょっとあぶないなぁ」
 とのんびり言ってみた。覗き見ている指と爪切りの動きが、自分に話しかけられたことをゆっくり認識するかのように、しずかに止まった。ほっ。
「指痛くないか?」
「うん」
「ちょっと爪見せてごらん」
 ラックの下から、そぉっと両手の指が伸びてきた。切り込んである指もあるが見たところ大丈夫そうだ。
「オッケーオッケー」
 さてどうするか。どうするかといってもまだ爪切りを渡してしまうわけにもいかない。といって頭ごなしに禁じてしまうのもバツが悪すぎるだろう。
「爪切りは難しいぞぉ、ケガしたらあかんから切り方教えたろ、ちょっと出てきてみ」
「うん」
 ごそごそと這い出してきた。よく見ると、右手中指の爪は上の層が剥がれて少しだけささくれ立っていた。気になるのはよくわかる。しかしその部分を全部切るとかなりの深爪になりそうだった。
 ふと、手も大きくなったなぁと思う。オーディオカセットのテープを苦もなくつまみ出していたのがついこないだのようだ。最近はやらなくなったけれど、今でもできるのだろうか。
 白いところを少し残しておくぐらいにして、また伸びた分だけ切ろうということで話をつける。深爪をすると痛いから今度はパパが切ってやる、爪切りはまだ自分だけではしてはいけないということにし、ついでにわたしの両手の爪の違いを見せてどうしてそうなっているかを話してやった。わたしの爪はギターを弾く関係で左右で長さが違う。それだけのことなのだが、
「ぱぱってよくしってるんだね」
 と感心したような様子だった。もちろん悪い気はしない。きれいになったからママに見せておいでと言うと、
「はーい、ぱぱ、ありがとう」
 という模範的な返事をして妻のところへいった。
 やっぱりこの際だから自分で切ることを練習させたほうがよかったかなぁ。二、三回深爪でもして覚えるほうが早かったかもしれない、などと思いながら作業に戻ろうとする。椅子を直して視線を上げる……と、コンピュータと周辺機器のすべての電源が落ちていた。ああ……。