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子どもができてから、幼児向けの番組をちょいちょいと目にするようになった。NHK教育が多いが、おしなべて充実度は高い。少し前の話になってしまうけれど、『ニャッキ!』をはじめとしたミニアニメはどれもよくできているし、『いないいないばぁ』なんかもなかなかクオリティの高い楽曲が使われていたりする。『ハッチポッチステーション』にいたっては、そのへんのバラエティ番組よりもおもしろいほどだ。
そんな中で、個人的に一つだけなじめなかったのが、子どもが料理を作る番組だった。一、二度見ただけで拒否反応が出てしまったので、どんな内容かを詳しく説明することさえできない。大雑把に言うと、たまごを割ったり野菜を切ったりというところから、すべて子どもがするのだ。楽しく料理して楽しく食べるわけである。それがどうにも好きになれなかった。なぜかと言われてもうまく説明できなかったのだが、要するに食べ物をおもちゃにしているような気がしたのだろう。
子どもにはつねづね「食べ物をおもちゃにするな」と言ってはいる。けれど実際にはおもちゃにしている大人もいるわけで、テレビを見ていればケーキやたまごをぶつけあったりするギャグも目に触れるだろうし、ワサビ満載のマグロのにぎりを誰が食べるかなんていう類のものも見たりするだろう。海外の、トマトを投げ合う祭なんかはニュース番組でも紹介される。そんな中であまりかたくななことを言ってても説得力などないのかもしれない。
ただ、食べ物が生き物であることも厳然とした事実だ。毎日毎日生きているものを殺して食べ続けているわけである。だから食前には祈りを、とは言わないし、祈ったこともないが、それでもわたしの子どもが料理をおぼえるのは、食べ物が生き物であることを理解してからでいい。せめて同時進行ぐらいにしたい。そういう、親としてのささやかなこだわりの部分はテレビなんぞにじゃまされたくないのだ。
朝ご飯のとき、ハムはいきもの? ハムはなに? ときくから、ブタと答えた。「〜はいきもの?」というのが最近の口癖になっている。
「ブタを殺して、切って、食べるわけや」
唐突に、少しぞんざいな言い方をしたので、妻がびっくりしたようだった。子どものほうは、
「ころしたらかわいそうや。ころしたらだめやで」
という。幼稚園にいきはじめてからの語彙の増え方はすさまじいが、殺すという言葉もすでに普通に通じるらしかった。
「そうや、そのとおりや。だからいっつも食べ物をおもちゃにしたらあかん、って言ってるやろ?」
そうだったのか……というふうにも見える表情。おっ、ちょっとは浸透したかな? しかし期待はしない。まぁ、父親がそんなふうに口うるさかった、ぐらいに彼女の記憶のどこかに残れば十分だと思っている。
そのまま、少しのあいだむすめはハムを眺めていたが、やがてそおっと持ち上げた。それはすでにまわりがギザギザにかじられていて、まん中には穴もあいている。穴のむこうには瞳が見えて、ハムからはみだした顔はいたずらそうに笑っていた。
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