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少し前のお話。
おとなりにはいろいろとお世話になっている(たとえばこちらのページ《97年5月》など――過去日記復活キャンペーン!(^^;――)。大正生まれのご主人に、むすめもとてもかわいがっていただいており、毎日のように「おっちゃんのところにいってくる!」とおじゃまをするほどだ。家の前には、往年の公団住宅の植え込みだった桜が残っており、木陰の車止めに腰かけて一服されているそのとなりに、むすめがちょこんと座ってお話ししていることもある。
花の終わった桜は今が毛虫の盛りだ。そろそろ蛹になるためにまるまると太ったオビカレハの幼虫が、灰色がかった水色に茶色の筋のはいった体をそこここで休めていたりする。木陰の一服でも、そういった毛虫の話題になるのだろう、「あ、ここにもいるよ!」「こっちにも!」という二人の声が聞こえ始めた。
たまに「やっつけろ!」というむすめのハイな声も混じったりするので覗いてみると、ご主人が、見つけた毛虫を払い落として片っ端から踏みつぶしているのだった。オビカレハも一応桜の害虫である。信州生まれのご主人のように、自然の豊かさをよく知っている人ほど、そういったムシには情け容赦がないものなのかもしれない。
わたし自身も、昆虫や草花については相当な殺生をしてきた。小学校のころによく話題になった、カエルの口に爆竹をくわえさせて爆発させるということはした覚えがないけれど、それに近いことはあったかもしれない。そしてどんなものでも家に持って帰って飼おうとする性癖があり、結局は殺してしまうのだった。いつだったか、遠足の弁当箱に入れて持って帰った大きなアメフラシを、食卓(他に置き場所がなかった)に置いた水槽で飼おうとしたこともあった。それを見ながら食事をしてくれた家族には今思えば涙が出るほど感謝したいが、飼うというよりは死ぬのを待っていたというのが実状だった。他にも、棒きれを振り回してふっとばした無数の草花や、昆虫採集として称して得体の知れない注射をして奪った虫たちの命のことを思うと、ちょっと極楽にはいけそうもない。
いいのだ。わたしが免罪符にしている北杜夫の「どくとるまんぼう昆虫記」からの受け売りになるけれど、子どもとはもともと残酷で無慈悲なものなのだろう。そうやってたくさんの草花や虫けらの命を奪いながら、命について学んでゆくものなのだ……とでも開き直るしかない。
そんな殺生のプロセスが、殺人を体験として渇望するような人格の形成と関係があるかどうかは知らない。が、いずれにせよ子どもの育つ環境にはそういった殺生を許容するぐらいの豊かさや余裕が欲しいところ……なのだが、町中の暮らしではなかなかそうはいかないものだ。殺せる虫自体が蚊とゴキブリぐらい、花といえば植え込みばかりで、とりあえず摘んでもいいものは犬のオシッコだらけということになりがちだ。毛虫で言えば、親のほうは、女の子にいたずらをしたような楽しみなども遠い昔に忘れ去ったままなので、土台関心もない。
そうかぁ、毛虫には申し訳ないが、それも子どもの遊びのうちだったなぁなどと思い出した初夏の一日。
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