|
上の子が、昨日の夜あたりからコンコンという軽い咳を、しかし切れ目なくするようになった。風邪のひきはじめや治りがけにときどきそんなふうになる。今回はひき始めだろう。
それにしても幼稚園にいくようになるとここまで風邪をひくというのは予想以上だ。熱がでないからいいようなものの、鼻風邪は四月からずっと続いているような気さえする。ついこないだ、わたしも散髪したときにものの見事にうつされて帰ってきたばかりだから、エラそうなことは言えないのだけれど。
寝る前に、めずらしく自分から吸入器を使うと言いだして、けっこうちゃんと吸入していた。そのせいか、そのあとから夜中にかけては少しはマシなようだった。
今朝五時前ごろから咳が止まらなくなった。仕方がないのでとにかく下の階へおろす。わたしとしては当然のように吸入器の用意をしたわけだが、拒否されてしまった。……なぜ? と思うが、朝っぱらからごちゃごちゃ言うのもイヤなので、ならいいやと二人でぼんやり過ごす。しかし十分、二十分と経っても咳はおさまらない。「どうして煙の薬(吸入器のこと)イヤなの?」ときいても押し黙ったままこれといった返事をしない。そのうちに咳につられて朝から飲んだものをもどした。
こういった一連の成り行きは、大人の価値観ではなんとも理解しがたい。昨日の夜は喜んで吸入器を使ってそれなりの効果があったのに、しかも今は吐くほどつらいのに、今朝は拒む。これといった理由もなく。
いや、理由はやはりあるのだろう。朝は薬の匂いが鼻につく気がしてイヤなのかもしれないし、霧の中で迷子になる夢でも見て怖かったのかもしれない。あるいは昨晩のことはきれいさっぱり覚えていないのかもしれない。しかし苦しむ様子を眺めている者としては、少々のことならとにかく楽になる方法を試してみたらどうなのか? とどうしても思ってしまう。
父親だからというわけではないが、こういうときにどこまで強制するかというのは悩むところだ。好きにさせて苦しむのを見ているのか、あーだこーだと口を出して結果を期待するのか、ということ。
積み木の積み方とか絵の描き方とか、そういったことなら前者をとりやすく、ケガの手当とか病気の対処といったことなら後者になりやすい。交通ルールなど命にかかわるようなことでは、絶対君主のように後者を実行する。というところだが、実生活はそんなに簡単にはいかないものだ。子どものコンディションもあるし、前の日のできごとや家族の誰かの言動が影響することもある。繰り返しの度合いやそのとき使える時間など、結局は臨機応変を基本にするしかない。
今朝のわたしはものわかりがよいほうだった。吸入器を使ったほうがいいとは言うが、確実な効果が期待できるわけではないということもあって、拒否されればそれ以上の強制はしない。子どもはそのあとも咳が止まらず、さらに一、二度吐き気を訴えたりして、苦しいと泣いた。そのうちに「やってみるか?」ときくと、素直に応じてくれた。
「しなさい」でとおして結果を認識させることと、自分で結果を想定してやってみようと思ってくれること。その差がどれぐらいあってどこかに出るのかどうかもわからない。ただ、「しなさい」と言われたことだけをイヤイヤするような人間にだけはなって欲しくないとは思う。それに気づかない親にもなりたくない。実際のところ、「しなさい」と言うのも言わないのも、自信がいるんだろうな。けど、その自信は子どもと一緒に試行錯誤していくしか得る方法がないようにも思える。
結局吸入器をしてみてもそれほどマシにはならなかった。これは「しなさい」と言わない自信の材料か。
|