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2000年6月22日(木)
◆《しんでもいいの?》

 今日もそうだが、上の子は最近「あっちゃんがしんでもいいの?」などとよく口にするようになった。妻とケンカするときの脅し文句なのだ。どの程度気合いの入った脅しなのかはよくわからないが、生き物の生死についての関心が高くなってきているのは間違いなさそうだ。

 子どもが「死」を認識するのはどういうときなのだろうとよく思う。家族やペットの死の持つ意味が大きいのは当然だが、そんなものにはそうそう遭遇するわけにもいかない。
 もっともわが家では先月、ドン(犬)が死んでしまって、そういう機会に巡り会うことになってしまった。といって、どんなふうに接するのがいいかわからなかったし、十分な準備もしていなかったので、とにかく箱に入れて体裁を整え、そのとき咲いていた白い花のシャクヤクを添えて線香を立て、手を合わさせたぐらいだった。そのときはピンときていないようだったが、何日か経ってから「ドンちゃんはどこへいったの?」と大泣きしたことがあった。

 自分のことを顧みると……
 やはり昆虫やカエル、魚やザリガニなどの死が最初に身近だったように思う。水のそばにはなんらかの理由で干からびてしまった魚などの死骸がよくあったし、蝶やハナムグリの死骸を運ぶアリの行列などもどこでも見られた光景だった。
 と、たったこれだけ書いただけでも、今とは比べものにならないぐらい身の回りの生物が豊富だったと思い知る。1965年ごろの大阪市内の話だ。その他、たとえば育った家の前がたまたま墓地で――などと書くとなにやら不気味な気配だが、子どもにとってはかくれんぼなどに都合のよい遊び場所でもあった。そして捨て猫の好適地でもあり、箱や墓石を利用して近所の友だちとよくそんな子猫を飼ったものだった。ミルクを運んだりしてかわいがったのに、一晩の雨にさらされて翌朝死んでいたことがあったのは衝撃的だった。

 そういった体験がわたしの中でどんな意味を持っているのか、自分ではよくわかっていない。ただ、自生しているカエルもザリガニもおらず、アリの行列を見ることも簡単ではなく、生活の範囲の中には水遊びのできるところもなく、捨て猫を秘かに隠しておけるところもない環境で育っているわが子は、わたしと同じような体験をする機会すら根本的に無いわけだ。彼女が「死」に言及するたびに、せめてパパと同じぐらいの体験のできる環境が欲しいと要求されているような気がしてしかたがない。