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おもちゃを渡すときがちょっと難しい。妹のおもちゃだと言って渡すと、お姉ちゃんが欲しかったものだったりすることがある。ごめんごめん、じゃあお姉ちゃんにあげる、といってもそう簡単には納得しない。ひとしきり泣いたあとで、「あっちゃんのものになったら、わきちゃんのがなくなるよ」などと、今度はそれを理由に泣いたりする。美しき姉妹愛にこっちが泣きそうになる。
昼間、所用で一度家に帰ったら、妻の妹のところから段ボール箱二つ分のおもちゃと子供服が届いていた。うちの子から見ると、従姉妹のお古になる品々だった。年に何度か交換していたのだが、今年は風邪引きが続いたりして機会を逃していたので、届けてくれたらしい。ちらっと見たかぎりでは、以前あっちゃんが欲しがっていたものもいくつか混じっていたようだった。さて、妻はどうやって渡すのだろう?
……というようなことについて書こうと思っていたら、べつなことが起こってしまった。
先日ひっぱり出してきた MIDI キーボードは、コンピュータラックの隣の机においてある。机はメインデスクの下に引き出しのついたサブデスクが入るタイプで、広ければ分離させて使うのだが、狭いのでそのまま一体化させて使っている。机の上には AV アンプを中核に、CD プレイヤー、チューナー、カセットデッキ、BS チューナーなど、要するに子どもができて居間から追い出されたオーディオが積んであった。MIDI キーボードは、音源から AV アンプにとおして音を出していた。
今日もピアノのおけいこが始まってコンコロ弾いているうちに、サブデスクを少し引っ張り出してその上にキーボードを置けと言い出した。そのほうがキーボードの位置が下がるので弾きやすいだろうと、先日やっていたのだ。しかし、今日は子どもの背中のうしろに届いたばかりの段ボール箱が置いてあったり、その他にもゴチャゴチャとモノが置いてあって、サブデスクを引っぱり出す余裕がなかった。
「ダメダメ、今日は無理や、ちょっと片づけないと。うしろ見てごらん?」
「いいの」
突然、娘のわがままスイッチが入ってしまった。強引にサブデスクを引っ張り出そうとする。置いてあったウイスキーの瓶が倒れ、扇風機も倒れそうになった。
「やめなさい! 無理やから。出すんやったら片づけないとどうにもならへんって」
無言で強行しつづける娘。
「やめろって言ってるやろ! うしろに箱があるから、出せないんやって」
手をひっぱってやめさせると、その手を振り払って、
「パパなんかきらいや」
とボソッと言う。またはじまった……。
「嫌いでもいいからとにかくやめなさい。むちゃくちゃしたらあかん」
「きらいでええんやな」
「好きなようにしたらいい。せやけど、そんなわがまま言うんやったらもうピアノも触ったらあかん」
一瞬言葉に詰まったあと、娘は、
「そんなんいうんやったら……」
と言ったかと思うと、なんと AV アンプをフルボリュームにしてしまった。これで鍵盤をバンとやればとんでもない音になる。そう思った瞬間に、わたしの左手はもう動いていて、娘の右頬を軽く叩いていた。
「なにするんや! もとに戻せ!」
腹立ちをあらわにした顔で、それでもとにかくボリュームを戻した娘は、今度はキーボードを思い切り机の奥にむかって押し始めた。本や CD が机の上から落ちた。もし動けば、アンプなども落ちただろう。あれこれ思う間もなく、わたしは娘の右の頬をかなり強めに叩いていた。
「いたぁ!」
と言ったかと思うと、次の瞬間にはわーっと泣いて「パパごめんなさい」と言いながらしがみついてきた。
とうとうやってしまった……。
娘の頬にはわたしの指の跡が残っていた。わたしの手も痛かった。娘の頬の跡は十分もすれば消えたが、もう何時間も経っているのに、わたしの左手はまだなんとなく痛いような気がする。いくらなんでもそんなに強く叩いたわけではないから心理的な痛さのようなものがあるのだろう。もちろん娘だって心理的な痛さは残っているかもしれない。もう記憶に残るだろうから、ヘタすると一生ものだ。
最初にサブデスクを引っぱり出そうとした時点で、体を使って納得させればよかったのかもしれない。肩でも押さえて、ゆっくり後ろを見せて、どうすれば思うようにできるかを考えさせたりすればよかったのかもしれない。……まぁそれは今後の課題にするしかない。
どうしていいかわからないので、泣きやむまで抱きしめていた。娘も自分がムチャをしようとしたことはよくわかっているらしく(暴力がものを言ったと思うのは非常にイヤなものだ)、素直にあやまっていた。わたしも叩いたことをあやまり、自分の手が痛かったことを告白した。しばらくして、
「大丈夫か? 痛いか?」
ときくと、
「だいじょうぶだよ、もういたくない。パパのおてては? もういたくない?」
という。まさかそういうことを言うとは思っていなかったので、不覚にもウルっときてしまった。正直に、
「まだ痛い」
と答える。
「パパのことちょっと怖くなったやろ」
ときくと、無言で頷いていた……。
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