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2000年7月3日(月)
◆《おしりペン》

 昨日(日曜日)の話。
 午前中、久々にビデオカメラを出してきて撮影していると、上の子が、風船に絵を描いているところをうつして欲しいと言いだした。かまわないのだが、ツルツルの風船にマジックでベタベタに塗っていくものだから、すぐに手が汚れ始めた。今にも服につきそうだった。むすめ自身のお気に入りの服でもあったので、汚れそうだからやめるように言う。しかし例によってなかなか言うことをきかず、「あとひとつだけおはなをかいたらおわり」などと言いながら続けているうちに、結局妻と上の子のケンカになってしまった。わたしは早めに隣の部屋(というほどでもないけれど)のコンピュータのところに避難していたが、そのうちにむすめの得意のセリフも聞こえてきた。
「もうあっちゃんがしんでもええんやな!」
「また…… 誰がそんなこと言ったのよ!」
「ママがゆうたやんか」
「言うてない! いい加減にしなさい! あっちゃんの好きな服が汚れるからやめなさいって言っただけでしょう? ちょっと言われたからっていちいち『死んでもええんか』ばっかり言うて。そんなこと言われたらママがどんなに悲しいかわかれへんの?」
「あっちゃんのこときらいやからしんでもええんやろ」
「違う! そんなこと言ってない! 『死んでもええんか』ばっかり言うたらイヤやって言ってるの」
「しんでもいいってママがゆうた」
「言うてない!」
「ママのばかもの!」
 これにはさすがの妻もかなりカチンときたようだった。
「あんたにバカなんか言われたない!」
 と言った声は本気だった。むすめのほうはすでに論理ではなくなっているから、次は実力行使しかなかった。ケンカの最中に下の子が授乳を言い出したので妻が抱いていたのだが、口答えしているうちに畳の上に寝ころぶような姿勢になっていたむすめは、座っている妻の足を蹴り始めた。
「やめなさい!」
 と同時にピシャリ!という音が聞こえた。妻がむすめの足でも叩いたのだろう。
「あっちゃんがしんでもええんやろ!」
 と言いながらさらにキック。それ以上はほっておけなかった。
 結局、わたしがむすめのお尻をめくってピシャリと叩いた。当然のように号泣する。おしりペンは今まで何百回となくやってきたが、口でいうだけで本当に叩いたことはなかった。だが今回のは痛かっただろう。それはこっちの手と心の痛さでもわかった。妻も、自分が痛いような顔になっていた。号泣するむすめを抱きながら、
「ママにむかって馬鹿者なんて、絶対に言ったらあかん。命がけでおまえを生んでくれた人なんや、そんな人に馬鹿者なんか言ったら、パパが絶対に許せへん。赤ちゃんを抱いてる女の人を蹴ったりするのも、絶対にしたらあかん。それも絶対に許さん。これからも同じことをしたら、同じように叩く。絶対にしたらあかん。よぉおぼえとき」
 とだけ言う。
 二、三日前に娘のほっぺたをひっぱたいて落ち込んだばかり。こんなふうにして自分の腕の中で続く娘の嗚咽をきくのは、人間の最大の哀しみの一つなのかもしれない。

 そのあと、むすめはいかないと言うので母と二人でスーパーへ買い物にいく。痛い思いをさせたのでなにかおみやげを買って帰ろうと、黄色のワンピースを選んだ。喜んでくれた。

 午後は、母が下の子の服を買いに赤ちゃん用品の専門店へいくというので、車でおくっていく。ついでにむすめも連れていく。母とはその店で別れて、隣のレンタルビデオショップで、最近むすめがよく言っているウルトラマンでも借りるつもりだった。
 赤ちゃん用品店には上の子が着られる服もある。去年の夏物がもう着られないこともあって、またおばあちゃんに買わせてしまった。一つはグレーっぽい水色のタンクトップ……というよりキャミソールで、遠目に見るとサテンのような光沢のある生地にキラキラ光るものが散りばめられている。光るものはよく見ると最近の絵本(「にじいろのさかな」など)で見かける銀色の光沢素材と似ているようにも見える。スパンコールなどの代替品として進出してきているのかもしれない。とにかくキンキラキンだ。親だけならまず選ばないが、本人がつかんで離さないので負けてしまった。もう一つはひまわり柄のワンピース。これもよく似合った。
 次はウルトラマンのビデオ。子ども用のビデオを借りるとアメのつかみ取りもさせてくれるためむすめはご満悦だった。

 午後から一緒に過ごしていて思ったのだが、むすめが妙に明るかった。お尻を叩かれるほど怒られて、逆にすっきりしたとでもいう感じ。ほんとにそうなのかと思って注意していたが、その後もそんな印象は変わらなかった。
 今日の午前中のような状態を収拾しようとすれば、たしかに最終的には強く叱るしかないのかもしれない。子どもの側もある程度ムチャを言ってるとわかっていて、ひっこみがつかないようなところもあるのだろう。あるいは、自分の言ってることのムチャさ加減がどの程度なのかを教えてもらいたがっているとか……。もし話の対象が、車の通る危険ポイントだから絶対に飛び出してはいけないということであれば、最初から絶対にしてはいけないこととして教えにかかるだろう。それと同じようなことで、『しんでもええんか』といったような物言い(とその脅しのような使い方)も、わが家では絶対にしてはいけないことだとして、最初からとおせばよかったのかもしれない。最初に言い出したときは半ば呆気にとられて、適切な反応をしていなかったのかも。……などと妻と話していた。
 だからといってわが家の禁句みたいなものができるのもしんどいので、結局はその都度判断して、必要なときには断固とした態度をとっていく、というようにするべきなのだろう。予想外のことに対してもそういった判断ができるように、親のほうが努力していくしかない。
 と、言うのは簡単なんだけど。