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2000年7月12日(水)
◆《知らなかった育児》

 育児が未来を見つめる創造的でエキサイティングな作業であり、たぶん世の中で一番大切なものだとは、自分が親になってみるまで考えたこともなかった。

 ではそれまではどう考えていたか? 今にして思えば恥ずかしいかぎりだが、まともに考えることもなく三十数年を過ごしたというのが近い。友人とのあいだで話題になることもなかったし、学校で教えてくれることもなかった。
 たとえば小学校の恩師は教師になったばかりの若い人で、学生運動の気配を残しながら人生のことを少し教えてくれたけれども、子どもがなく、育児について語ることもなかった。中学校で一番お世話になった先生は女性で、未婚だった。たしか今でも未婚のままだ。高校は進学校で、共通一次テストの勉強はしたけれど育児については学ばなかった。
 大学生のころには「わたしは子どもが嫌いだ!」とくり返す歌が流行った。歌詞の中に足が臭い(から嫌いだ)というフレーズがあったのを覚えている。いい気分になる歌ではなかったが、よく耳にしたのでそこそこ売れていたのだろう。

 それからバブル時代が到来した。少子化などの話題も通奏低音のように聞こえてはいたが、財テクやマネーゲームといった類の言葉が巷にあふれる情報の主流だった。DINKSというライフスタイルがもてはやされるようになったのもそのころからだったろうか。それを地でいく友人夫婦のマンションを訪ねたとき、奥さんはキッチンも流しも使ったことがないと自慢げだった。そんな生活に育児の「い」の字が入る余地はない。

 もちろん、育児とは対極的な物事を記憶を頼りに並べただけで、「こういう時代だったから、わたしは育児に対してあまり関心がなかったのだ」などと言うつもりはない。関心がなかったのは自分の責任でしかない。
 しかし風潮という意味では、子どものいる家庭を持ちたくなるような刺激はたしかに少なかった。たとえばグルメブームの刺激のほうがよっぽど多かっただろう。そして、政治に対する諦観や環境問題を含めた未来に対する不安など、与えられる情報ばかりにぼんやりと浸っていたら、結婚して子どもを産んでというのはソンなことでもするような気分になったものだった。

 だが幸いにして、わたしたち夫婦には子どもが生まれてくれた。そうして初めて知ったことがどれほど多く、大きく、重かったことだろう。それだけに、子どもの存在そのものの素晴らしさや、子どもがいることのおもしろさについて、自分があまりにも無知であったことがショックだった。それらを知っていれば違った人生になっていたかどうかはわからないが、もう少しで知らないまま終わっていたかもしれないと思うと、どうも納得のいかないものさえ残るのだ。学校は、以後二度と使わない可能性のあることはたくさん教え込もうとするのに、こういったことは語らない。親戚などに小さな子どものいる家がなく、家庭では核家族の末っ子だったりした場合には、あとはどこで子どものいる生活を知るというのだろう。いや、先にも書いたように、知っていればどうなるというものでもないかもしれない。しかし仕事に忙しかったり目先の楽しいことを追いかけたりしているうちに、なんとなく知らずに終わってしまうようなことがあったら、失うものが大きすぎるではないか。

 子どもが存在してくれることの素晴らしさを知る機会が少ないのであれば、わたしたちが発信しよう。web サイトならそれができる。それが、インターネットを使って大まじめに育児サイトを作ろうと思った理由であり、いま日記を書き続けている理由である。
 少子化をなんとかするためにみんなで子持ちになろう、などと言いたいのではない。どういう形の人生を選ぶかということに口出ししたいとも思わない。ただ、子どもをどうしようかと考えたこともない人がネットサーフィンでたまたま見つけてくれて、へぇ、そんなこともあるのかと思ってくれるかもしれない。それがきっかけで、何年か先にその人が親になったりしたら、そのお子さんとわたしの娘とがどこかで出会うことだってあるかもしれない。娘の未来のためにも、こんなにプラスになることはない、とそれぐらいのことは思っている。
 楽しい話も、つらい話も、親ばかと言われる話でさえも、敢えてしよう。生まれてくれるまでわたしたち夫婦が想像もしなかった、子どもがいてくれることの素晴らしさを、ただなんとなく知らずにすごしている以前のわたしたち夫婦のような誰かに伝えたいのだ。


♪ with "Perfect Angel" / Minnie Riperton