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2000年7月17日(月)
◆《初めての懇談会》

 朝起きるなり、娘から涙の抗議を受けた。おつきさま(皆既月食)を見たかったのにどうして起こしてくれなかったのかとのこと。ごめんなー。昨日はおばあちゃんのところ(妻の実家)へ行ったこともあって、みんなクタクタだったのだ。なのに、今回以上の出来のものは百何年だったか、とにかく生きているあいだには見られそうもないとラジオで言っていた。そういうことこそ先に、なおかつわたしにわかるように騒いでくれー。

 幼稚園の懇談会に妻子がいってきた。しかし幼稚園とはいえ、子どもに対するなんらかの評価も伴う懇談会というものにいくようになるとは、親になったものだ。別段心配はしていなかったけれど、特に問題はないらしいとのことでほっとする。
 今月初めの音楽発表会(七夕まつり)のとき、舞台の上のむすめが、うしろの列にいたヤンチャ坊主に頭をポコポコ叩かれてイヤそうな顔をしていた。話をきくとその子にはちょいちょいと叩かれているらしい。けれどもケンカはしないよ――ということは要は叩かれっぱなしということか?と気にはなるのだが、それ以上は状況がよくわからず、様子を見ていたのだった。そのあたりを先生にきいたらしいけれど、心配いらないだろうとのこと。叩かれたときはイヤだとはっきり言って、先生のところに言いに来なさいとのことだった。
 もう一つ、ここでも何度か書いている「あっちゃんがしんでもいいのか」というオドシ文句について、幼稚園で流行っているのか、みたいなこともきいたらしい。きくつもりはなかったのだが、家庭での様子をきかれてつい口に出たのだとか。先生としては初めてきく話でびっくりしたものだから、一緒にいたむすめの目に一瞬にして涙がたまったらしい。先生と親とから同時に言われる形になったのでショックだったのではないかと妻が心配していた。

 自分のときのことを思い出してみると、先生は子どもの日常会話まで細かく把握できるものではないから、どんな会話が流行っているかなどときかれるのも酷だったろう。ただそれだけに、いじめ関係でよくある校長先生のインタビューのように、「そういうことはありませんでした」とすぐに断言してしまうのも不自然なことだ。自分にとって意外な話でも耳を傾けて可能性として検討してみるという姿勢のほうが、親としては当然ありがたい。そういう意味ではむすめの先生も、叩かれたりといったことについてもしも気がついていないだけだとしても、気づきさえすれば対応するという印象だったらしいのでよかった。

 それよりも、最近のむすめは良い子であろうとする気持ちがとても強い。良い子であり、良いおねえちゃん。そうなりたいと自分でもしょっちゅう言っている。去年の、妻の妊娠から十一月の出産、それからの赤ちゃんとの生活と、どうしても良い子であることを親が強いてきた部分もあるのだろう。「いいこでしょう?」などときかれると、その間の生活の結果をつきつけられているような気がしてちょっと苦い。
 やんちゃな姉妹になってくれたほうがいい、などと実質的には妻まかせの育児を棚に上げて思う。


♪ with "(They Long To Be) Close To You" / The Pacifists