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2000年8月1日(火)
◆《となりのおっちゃん》

 夕立らしい夕立。それを予想して公園にいくかどうか迷いながら、結局上の子にせがまれて出ていった妻だった。ジョギングの準備ができた時点で雨が降り始める。携帯電話をすると、自動販売機のたくさんあるところに屋根があるので雨宿りしているけれど傘を持ってきてほしいとのこと。わかるのだが、着くころには雨が上がるんじゃないかと迷った。しかしどの道走りに出るつもりだったのだから、持っていくことにする。吹き降りのためにビショビショになって雨宿りの場所までいくと、十数人が雨宿りしていた。そしてやはり公園を出るころには雨があがった。
「あっちゃんがおうたをうたったから、あめがやんだでしょ?」
 と、「手のひらを太陽に」を歌い始めたむすめ。歌を歌ったら雨がやむかもしれないよと、自動販売機のところでも歌って一緒にいた人たちを勇気づけて?いたらしい。おもしろい子だ。まぁ明るくていい。

 雨はそのままあがり、夜は花火をすることになる。家の前で準備をしていると、お隣のご主人が出てこられた。
「あっちゃんの声が聞こえたから出てきたよ」とのこと。どこかへ出かけるときや、どこかから帰ってきたとき、目につけばそんなふうにして声をかけてくださる。たしか八十歳になられたときいたが、相変わらず飄々としてお元気だ。鉢巻き風にまいた手拭いが作務衣に似合っている。最近は毎朝ラジオ体操にいかれるとのことで、日焼けの度合いもいたって健康的。下の子も今日は抱いてもらってもご機嫌だった。

 百貨店で紳士服関係の仕事をされていたときいたように思う。それだけにお洒落のセンスは素晴らしく、特に帽子が細面の顔によくお似合いだ。
 奥さんが亡くなられる前は、数ヶ月間にわたって病院につめておられた。お見舞いにうかがったとき「わたしが作ったものをもっていくと、まずいとかね、掃除をしたりしても要領が悪いとかヘタだって怒るんですよ。自分は寝てるのに」と当惑したような顔で言われて、笑いそうになった。精神的なものも含めて看病疲れも限界じゃないかと想像していたのに、悲愴感も無く、こちらがほっとして帰ってきたのを覚えている。
 奥さんのお葬式のとき、今の住宅に越してきたときのことから始まって、一緒にがんばってきたご近所一同もだんだんと世代が変わってきたこと、そして「ずっと一緒に生きてきた妻のためにこの数年間はつくし抜きました」と言われた。誇張ではないし、そう思う人もいなかっただろう。奥さんもすらりとした美人で、若い頃は近所でも評判のご夫婦だったという話も、誰からとなく聞こえていた。

 上の子が生まれたときは奥さんにもかわいがっていただいたなぁと、抱かれている下の子を見ながらふと思った。お隣の家族にかわいがっていただけるというのは、本当にありがたいことだ。もちろん、むすめも「となりのおっちゃん」が大好きだ。

 そういえば作務衣の上にはよく腰から下だけのエプロンをされている。汚れたエプロンなのだがいつも同じ。そして腕には女性ものの時計……。どちらも奥さんのものなのだろう。


♪ with "Hotter Than July" / Stevie Wonder