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妻と結婚したとき、六人兄弟の長女である妻のすぐ下の弟(長男)が結婚式にも披露宴にも出ないと言って式の直前までもめた。簡単に言うと彼と妻との仲が悪いわけだ。義弟から見れば、わたしもいけ好かないヤツなのかもしれない。以後の十年、節目の挨拶はおろか、彼とはまともに口をきいたこともない。そういったことをわたしはとても辛く、寂しく感じている。
妻と結婚しようと決めたとき、一度に五人の義妹や義弟ができるということをどう受けとめていいのかがわかりにくかった。本当の兄のように接してもらえるとしたら、末っ子のわたしにとってはワクワクするような出来事である。嬉しくてたまらない。しかしそれと同時に、途方もないプレッシャーや責任も背負うことになるだろうと想像した。とりあえずコミュニケーションは早いほうがいいと思い、当時中学生や小学生だった下三人(三女、次男、三男)の家庭教師をかってでた。それがその三人にとってどういう意味があったかはわからないが、わたしにとっては大いにプラスだった。彼らとは顔を合わせば話ぐらいできるからだ。
長男くんは高校を卒業して北海道の大学にいったので、会う機会さえなかった。大学を卒業して帰阪したときに妻ともめたらしい……。いろいろあったが、それはそれだろうとわたしは思っていた。だから妻の両親が、長男くんとわたしたち夫婦の間が断絶していることを放置しておくのは、不思議でならなかった。
つきあいたくなければつきあわなくていい、と義父には言われるが、そうするとわたしの立場がない。わたしは義弟という存在と酒が飲めることを楽しみにしていたからだ。時の経過が解決する――ということもたしかにある。それによってしか解決できないことさえある。しかし、そのことと問題の先送りとは手段として別だろう。十年という時間を断絶したまま過ごしてしまったあとで「いつかわかるようになる」時がきても、それがよい解決になるとはわたしには思えない。
……いや、実際には、姉としての妻とその弟のもめごとなど、やりようによってはすぐに解決するのかもしれない。ぜひそうなってほしいものだ。わたしはといえば、ずいぶん人間が丸くなった(断っておくが「カドがとれた」のではない。カドのあいだをたくさんのカドで埋めて少し大きくなったのだ)ので、おいしいお酒が飲めるのならなんでもよい。
妻の実家の家業の件などで、重苦しい話が続いている。妻も寝つきの悪い夜を過ごし続けている。義父にしてもそうだろう。わたしは、役にも立てない自分を恥じるばかり。
夏休みになってわが家の長女と次女は一緒に過ごす時間が多いけれど、今のところ長女はとてもいいお姉さんとしてがんばってくれている。けなげでもあり、頼もしくもある。それはこの父も母もよくわかっているから、次女にはいつか、姉を立てるようにしっかりと言い聞かせてやろうか。
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