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2000年8月7日(月)
◆《目つぶし》

 土曜日のこと。
 それまでも砂場でいたずらを繰り返していた二、三歳の男の子が、30センチほどの至近距離から少し横をむきかけた瞬間の上の子の顔にめがけて、まともに砂を投げつけた。右目から右耳のあたりにかけて砂が命中した。娘が顔をおさえて大声で泣き出し、その瞬間おもちゃを片づけていて顔を下げていた妻が、あわてて子どもをかばった。
「どうしたん! 大丈夫か!? どうしたん!」
「あのこがすなをなげたあー!」

 夕方、妻子を公園の砂場に迎えにいったときのできごとだった。男の子はそれまでも娘にちょっかいを出していて、片づけている最中のおもちゃを持って逃げ回ったりしていた。三十代半ばぐらいの父親らしい男が、別段子どもを叱るでもなくおもちゃをとりあげては無言で娘のほうに投げ返したりしていた。同じようなことを三度も繰り返しただろうか。いかにも公園の砂場なんかには慣れていないといった感じだ。それにしても、いい大人なんだから普通は相手の子どもにむかって「ごめんねー」の一言ぐらいは言いそうなものだ。よほど子どもに手を焼いていて疲れ切っているのか、それとも奇妙な育児方針でも持っているのか、またはめちゃくちゃにシャイだったり、実際に喋ることができなかったりするのか。不思議さと不愉快さが混じったような気持ちで見ていたのだが、こちらも帰りたいので、そろそろやんちゃ坊主をちゃんとコントロールしてくれないかなと思っていた矢先のことだった。

 少し離れた場所で自転車にまたがって様子を見ていたわたしは、自転車を降りてそばにいこうとしたけれど、妻がいるので思いとどまった。相手の父親らしい男は、無言で砂場に入ってくると自分の子どもの腕をつかみ、そのまま砂場の外へ連れ出すと、つかんでいたほうの腕をかなりの強さでビシッ!と叩いた。子どもは泣き出してそのまま走り出し、わたしの自転車のすぐ前を通っていった。父親らしい男はゆっくりとそのあとを追うようにして、わたしの右側にある少し離れたベンチに座った。それだけだった。
『オイコラちょっと待て! 一言ぐらい謝ったらどやねん!』
 と、喉まで出ていた言葉をどうにかこうにか抑えたのは、男が座ってから話しかけた隣の女性に見覚えがあったからだった。砂場の主役は妻子である。妻の話をきいてからでも、今日のケースならいつでも文句は言える。それにむすめの様子も確かめたかった。「だいじょうぶだよ」という声が聞こえていたので大したことはなさそうだったが、とにかくこちらへ呼ぶ。男にも聞こえるように、
「大丈夫か? どこにかけられたんや、目か? 耳か? 中に入ってないか? なんともないか?」
 とわざと大声で訊く。なんともないとのこと。そこへ妻がきて言った。
「どうなったん? わたし瞬間見てなかったから、なにかわかれへんかって」
「砂投げよってん、顔の近くからまともに目ぇ狙って。……まぁ、ちっちゃい子やから狙ったかどうかはわからんけど」
「そう。まぁ大丈夫みたいやよ」
 妻は見ていなかっただけにわたしのように熱くなっていなかった。
「……そう、ならまぁいいけど。しかし無言でいくか?あのオッサン。知ってる人? 隣、奥さんかな。あの人は見たことあるように思うけど」
「いやぁ、知らん」
「そうか。……どうもないんやったら、まぁいいか?」
「うん。また話しすることもあるかもしれへんし」
「それもそうやな」
 しかし男の無言に対するわたしの怒りはそんなにすぐには収まらなかった。だいたいいくら幼い子どものすることとはいえ、なにもしていない相手の目にむかって砂を投げるというのは卑劣ではないか。それにものも言わずに腕を叩いたところで、子どもには痛み以外には何も伝わらないだろう。無思慮に過ぎる。あらためてベンチのほうに視線を置くと、奥さんのほうが子どもにむかって謝ってこいみたいなことを言ってるようだった。おまえが来いよと思いながらも、どうするのか見ていてやろう思っていたら、むすめが自転車の後ろに乗ってきたのでそのまま帰ることになってしまった。

 こういうわけのわからない連中とも渡り合っていかねばならいんだ、きれいごとばっかりでは済まないなぁと思っていると、
「ちっちゃいこォだからね、あっちゃんけんかしなかったでしょ?」
 と背中から言ってきた。違うのだ、こんなときは怒らにゃならんのだ、娘よ。 ……それとも娘なりに正しくて、そちらを尊重してやったほうがいいのか?


♪ with "Emotional Violence" / Cameo