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2000年8月9日(水)
◆《ロウセキ》

 ついつい、最近の子どもは絵を描かないなぁと思ってしまう。わたしが小さかったころと比べて一番顕著なのは、ロウセキと呼んでいたものが無くなったことだろうか。ロウセキは蝋石で、以前は駄菓子屋や文房具屋などでも売っていた(今はどうなのかは確認していない)。本来は印材をはじめとした様々な用途に使う鉱石のことらしいが、駄菓子屋で売っていたものは、要はコンクリートやアスファルト用のチョークという感じだ。これで、そのへんのアスファルトやコンクリートに絵を描く。描いたものはたいていほったらかしで、雨が降ればそのうち消えた。消えなくとも、ああ、このへんには子どもか多いんだな、ぐらいな感覚だったように思う。実際のところはご近所などに迷惑をかけていたのかもしれないけれど、わたし自身はアスファルトなどに絵を描いたことで叱られた記憶はない。

 たとえば家から公園までの600メートルほどのアスファルトを歩くたびに、こんなに描きがいのある環境なのに、だあれも何も描かないんだなぁと思ったりする。公団住宅の児童公園なんかもきれいなものだ。……まぁ、外で遊んでいる子ども自体が少ないのだけれども。しかし遊んでいる子どもが多い公園に着いても、その印象は変わらない。管理や掃除をしている人たちに叱られるのか、それとも親が描かせないのか。

 もっとも肝心のロウセキがあまり手に入りそうにない感じもする。ならばと、しゃしゃり出ていって木の枝で児童公園の地面に大きな絵を描いてやったことが二、三度ある。絵といっても、アンパンマンとかそういうものだ。けっこうウケたし、以後ウチの子は自分でも描こうとはしているようだ。大きな絵というだけでも愉快なものだし、絵までいかなくとも長い線を引くだけでも遊びになったような気がする。もっともっと描かれていてもいいように思うのだが、そういう欲求は今はあまり無いのだろうか。

 前日分を妻が読んで、わが家の特殊事情だしあの文章ではグロテスクさしか伝わらない、わたしの「巨大ヒル」には愛情がこもっている、と言われた。返す言葉がない……。


♪ with "Sea Changes" / Tommy Flanagan