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2000年8月16日(水)
◆《落ちた!》

 その瞬間、首のうしろから背中にかけて電気が走った。朝食時、たまたま食卓の椅子から立ち上がりかけて視線をあげた瞬間に、ハイアンドローチェアから落ちていく下の子のお尻から足のあたりが見えた。自分の声が出たかどうかは覚えていない。ごとんという音。妻の悲鳴。立ち上がるわたしの母、「わー」と叫ぶ姉。
 ……とんでもないことになった。顔から血の気がすーっとひいていく。頭から落ちたんだぞ、首が折れたかもしれない。頭が割れたかもしれない。骨折、内臓破裂、ヘルニア、知っている医学用語がバラバラと浮かんでくる。救急車だろうか? 兄(医師)に電話か? ……ネット屋みたいな医者じゃ現場はダメかもしれない。泣いてくれたらいいという話もあったぞ、泣いてくれるか、泣いてくれるのか、泣けよ、泣け! 泣け! 泣け! …………泣いた!! 泣いた泣いた泣いた!! 泣いた!!!

 生きている。それも無事そうだ。まだきちんと確認できたわけでもないのに、どうしてか、大丈夫だろうという思いが急速にわたしの体に広がった。「泣いたらええねん、頭の前やったら大丈夫やわ」というわたしの母の声が耳に入ってきた。大丈夫だろうという思いがさらに力づけられた。
 次に自分に言い聞かせたのは「妻を責めるな」ということだった。最近そんな話はよく出ていたのだ。(ハイアンドローチェアについている)ベルトをいちいち締めないと乗り出して落ちてしまいそうで恐いと。だからこの瞬間、彼女は哀れなほどに自分を責めていることだろう。もう二度とベルトを忘れるようなケアレスミスは犯さないだろう。だからだからさらに鞭打つような言葉は絶対に吐いてはいけない。吐いてもなんのプラスにもならない。大丈夫であればそれを一緒に喜ぶんだ。それで十分なはずだ。

 本当に大丈夫だった。身長ぐらいの高さはあるから、単純に大人で換算すると天井近くから逆さまに落ちたことになるのだろうか。いや、位置エネルギーでいえばもっと低いことになるのか。とにかく、立つこともできないような子どもが頭からまともに落ちて無傷でいるというのも信じ難いことだった。しかし実際のところ、傷らしいものはおでこの右側が少し腫れていることぐらいだ。妻に抱かれておっぱいをもらうとすぐに泣きやんで、笑いさえ浮かべた。「あかちゃんってそんなとこあるらしいで、ボールみたいでわりとケガせえへんねん」とわたしの母も言うが、こっちの神経はそんなに早く弛緩することができず、何度もタメ息をついてようやく納得したのだった。今日ほど下の子の、いかにも堅そうな坊主頭のおでこに感謝したことはない。

 で、そういうわけで朝から立てた予定にしたがって、「ハーヴェストの丘」というところに行ってきたのだけれど、もうクタクタ。ひょっとして有用な人もいるかもしれないリポートはまた明日にでも……。


♪ with "Junction Seven" / Steve Winwood