title
2000年8月29日(火)
◆《苦手だったころ》

 どうもこのところ親子ともくたびれ気味。わたしの母も夏バテ気味。ここへきての残暑に仕事場のエアコンの効きが悪くなったのはコタえる。家では下の子が活溌になる一方で、とにかく油断がならない。つかまり立ちの練習ばかりするのでいつどうコケるかわからないのだ。夕方公園にいく時刻に雨が降り、そのあいだ寝てしまったために夜になっても元気。……と思っていたらきゃーきゃー言いながらわりとすぐに寝入ってしまった。

 子どもが苦手だった時期があった。今でもけっして得意なほうではないけれど、自分の子どもぐらいまでの年齢の子であれば話しかけるぐらいはできる。
 大学生のころイベント屋さんのバイトに誘われて、スーパーの子どもフェアのような催しに行った。二十一、二歳のころ。わたしの担当はボールプール(カラフルなボールをたくさん入れて囲ったもの)で、危険がないかを見ている他は、たまにこぼれるボールを拾うぐらいだった。そのときが、わたしが「オッチャン!」と呼ばれた最初だった。遊んでいた七、八歳の男の子がそういってわたしを呼んだのだが、自分のことだと思わなかったわたしは誰が来たんだろうと探した。すると男の子は「無視するなよ、オニーチャン!」とかなんとか言い直したのだった。あ、オレのことだったのか……と悟ると同時に、なんと憎たらしい物言いをする坊主だろうと思った。
 このことが原因ではないけれど、このころから自分に子どもができるまでぐらいの期間、子どもという存在との距離感がつかめなくて、どう接していいのかわからなかった。要するに苦手だったわけだ。

 ただ、だからといって「子どもが嫌いだ」という感じはなかった。むしろそのように繰り返す伊武雅刀の「子供達を責めないで」という歌が流行ったとき(1983年)は、ものごころついた子どもが聴くとどう思うのだろうというのが気になった。
 たとえばわたしが八歳ぐらいのときには加山雄三が自作のラヴソングを歌いまくり、グループサウンズも大活躍。十歳を過ぎたころからはアイドル歌謡曲の全盛と、もちろん他にも多数の楽曲があったが、大雑把に言って「愛の歌」が主流だったわけだ。それらの楽曲は懐かしい歌としてそれなりにわたしの中に定着している。そういった時期に世の中から「(おまえたちのような)子どもが嫌いだ!」と言われたらどんな感じだったのだろう……というのが、当時からわたしの興味をひいたままだ。もちろんその一曲だけなら、聞き流せばそれで終わりなのかもしれないけれど。
 83年に生まれた人が今年なにかと話題の17歳であるのは、個人的にはちょっと象徴的かなぁ。


♪ with "Tapestry" / Carol King