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プラネタリウムにいこうと思いついた。哀れな大阪の星空をほんとの星空だと思い込んでいる子どもに、本物の星空――だったらどう見えるかを見せてやりたい。そう思い始めると一日でも早いほうがいいような気がしていた。ただ、下の子にはまだちょっと無理だろうから上の子だけつれて二人で行こう……という案は妻のブーイングにより即座に却下された。わたしも妻も、今はなき電気科学館のプラネタリウムのファンだったのだ。平成元年に今の大阪市立科学館にその内容が移設されて以来、一度は行かねばという思いはお互いに持っていた。そんなわけで、下の子が泣いたら外に出ると覚悟を決めて、家族で行くことにした。
それにしてもこういうときの web は便利だ。朝ご飯を食べてから、どうしようか……などと言いつつ開演時間や料金を調べ、午後一時のプログラムならなんとかなるということでバタバタと車で出かける。といってもギリギリで、道路が空いていなければアウトだっただろう。「あっちゃん、ちょっと星を見に行こう」と恋人を誘うようにして連れ出したものの、当然ながらわけがわかってなかったらしい。十二時半をまわった道路の上で「さぁ、もうすぐや。間に合うかなぁ」というと「なかなかくらくなってこないねぇ」と言っていた。
開演五分前にプラネタリウムのドームに到着。初めて見たそこは、往年の電気科学館のドーム――天象館といった――とは大きく違っていた。天象館はプラネタリウムを中心に東西南北について均等な半球で、座席は中心を向いていた。それに対して今のドームは、南向きのゆるやかな斜面に座席があるような感じで観客もすべて南向き、北側の地平線は見えないようになっている。そんなレイアウトにとまどいながらもすぐに天文ショーが始まった。
プログラムは、昔もそうだったように、夕暮れから大阪の夜空の再現へと進んでいった。やがて街の明かりが消され、月まで消されると、娘にとっては初めての満天の星が現れた。わたしの手を腕ごと引っ張っていって抱くようにしている。緊張が伝わってきた。「大丈夫か?」ときくと「どきどきどきってさんかい(三回)したよ」と言っていた。
下の子は最初の十数分で寝入ったらしく妻もわりと楽しめたようだった。一致した感想は、昔と比べて夕焼けがきれいじゃなかったこと、夜明けが味気なかったこと、音楽のセンスが悪くなったこと、などなど。もちろん懐かしい(人工の)星空の記憶として美化されているのかもしれないので、できることならもう一度昔のやつを見てみたい。が、建物自体が解体された今となっては二度と見ることのできない空だ。天象館の横の食堂にもよく行ったっけ。普通には見かけなくなってからも長い間瓶のラムネを売ってたな……。
そういえば、今日は食堂が満員で食べるのに困った。そのへんの配慮は昔と同じだけれど、平日はそんなに人が来るものでもないから仕方ないのかもしれない。お腹が空いたと言いながらも科学館本体の展示物を遊園地のアトラクションのように片っ端から試しまくった娘は、おみやげに買った夜光塗料の星のシールを天井に貼って寝てしまった。ドームの暗闇の中で「ウルトラのほしはどれ?」と言ってたのが耳に残っている。
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