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2000年9月19日(火)
◆《泣き声の意味》

 号泣とも絶叫ともいえる激しい泣き声だった。幼い子どもの泣き声。夜の十時すぎ、コンピュータに向かいながらも眠くてぼんやりとしていたので、いつから聞こえていたのかがわからない。それでも気がつくとほっておけなくなるような激しさ。母親らしき怒鳴り声も混じっていた。いたたまれない気分……。

 夏の前後の窓をあける季節には、向かいのマンションから子どもの泣き声がよく聞こえてくる。うちの家族がまだ子育てに慣れていなかったころは、子どもの激しい泣き声が聞こえてくると、これはただ事ではないとよく言い合ったものだ。すぐに「虐待」かと考える。しかし実際のところは、そう簡単に決めつけてしまうこともできなかった。音の反響の関係で泣き声がどの部屋から聞こえてくるのかさえなかなかはっきりしない。

 やがて自分の子どもも同じように激しく泣くことがあると知り、そうさせる自分自身も知った。特に絶対にさせてはならない最初のこと――わが家では整理ダンスの上の物を払いのけてその上にのぼり、ベランダに面した窓をあけること――をやめさせるために、どれだけ怒ったことだろう。両手でつかんだ子どもの体をベランダの手すりから突き出して宙にさらしたことさえある。それはしつけかもしれないし、怒りにまかせた感情の暴発にすぎず、虐待の一種だったのかもしれない。
 神経に爪を立てるような泣き方を、わざとのように夜中にする。昼間くたくたになった体を休める時間さえ子どもに奪われてしまう。もし妻かわたしが一人きりだったら、またお互いの関係がもうほんの少しばかりうまくいってなかったら、乗り越えられなかった日があったかもしれない。いや、実際には通りすぎただけで乗り越えていない日もあったのかもしれない。いつまでも続くものではないとわかってはいるのだけれど、その一日が乗り越えられないほど辛いことがあるものだ。

 具体的ななにを「虐待」と呼ぶかはともかく、この自分が「虐待を……!?」と思う、あるいは疑う瞬間ぐらいは多くの親にあることだろう。わたしにもあったし、妻の公園友だちにもそのように悩む母親がいた。それは一つには小さい子どもの行動や育児そのものに関する知識に乏しく、準備や覚悟が足りなかったことが原因だ。しかし、それらが揃っていたとしても、実際に起こるすべてのことには対応できない。どうしても誰かの手助けが必要になるものだ。度が過ぎたり間違ったりしたときに止めてくれる人も必要だ。なのに核家族化で家族の数も近所づきあいも減り、ちょっとしたことを助けてくれる人がいない。それがあるかどうかで天国と地獄の違いになり、状況によってはこの上なく辛いことにもなるだろう。

 しかし、子どもは親の成長を少しは待ってくれるものだと信じている。もしも思いがけず子どもの体や心を痛めつけてしまったら、そのことを深く深く悔やむしかなく、万が一にも傷が残ってしまわないようにできるかぎりのことをして償うしかない。それは結局のところ、子どもという小さな人間と可能な限り誠実に付き合うことでしかないのだろう。と同時にそれほど楽しいこともないはずなのだ。そうやって誠実に付き合えばきっと子どもは許してくれるはずだから。その間に自分も親として人間として成長すればいいのだから。そして次の失敗を防ぐように努力するしかない。

 ……そんなことを考えながら四年が過ぎていった。
 綱渡りだったとは言わない。普通に歩けば問題はないけれど横に落ちることもなくはない……田んぼのあぜ道歩き?ぐらいだろうか。落ちればどろんこだけれど、それでも戻ってこられる。もちろんうまくいけば実りを楽しみに歩くこともできる。そして見回せば、娘たちと同じ時代を生きていくみんなにそうやって歩いていてほしい。

 たとえば子どもの虐待防止センターのサイトには、虐待の(疑いがあるという)通報は国民の義務だとある。自分で届け出ることのできない子どものことなのだから、当然だろう。
 わたしの母は、数日前からどうも気になる家(部屋)があると言っている。わたしのきいた泣き声がその部屋からかどうかはわからないけれど、続くようなら考えなくてはならない。