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2000年10月7日(土)
◆《最初の運動会》

「うんどうかいでね、きっとほんとうはもっとおそいってわかるよ」
 十月五日の食事時、生まれて初めてのイベントを二日後に控えたむすめが言った。
「え? いつも体操の時間のときはヨイドンで一等賞だよって言うてたやん」
「それはそうじゃないの。ほんとはね、おそいねん」
 悪びれたところのない淡々とした告白だった。隠していたとかウソをついてたという感じでもなさそうだ。それよりも競走というものの意味が最近になってわかってきたというところだろうか。
「へー、そうやったんか。まぁいいやん。みんながだんだん速くなってきたんか?」
「うん。でもね、あっちゃんはあんまりはやくならないの」
 なるほど、少しイメージできたような気がする。自慢じゃないがわたしだって十歳ぐらいまでは走るのは遅かった。妻については高校の時のことしか知らないけれど、50メートルを全力疾走したつもりの計測のあとで先生から「次は本気で走りなさい」と言われたらしいから推して知るべしだろう。もっとも遺伝と結びつけるには、単にわたしや妻の努力不足だったという可能性が高すぎるけれども。
 むすめは走ることが嫌いではなかった。むしろ好きなほうで、公園でもよく走っていたし体格相応にタフでもある。ただその走りは、頭を振り振り、ケラケラ笑ったり奇声を上げたりしながらついでに手もむちゃくちゃに動かすというダンスのようなものだった。簡単に言えばふざけているわけだが、彼女にとっては走るということはそういう、ダンスのような楽しさのある行為だったような気がする。そういう意味では競走として押しつけられる走りは窮屈で面白みのないものだったかもしれない。たぶん最近になって「自分は友だちよりも遅いんだ」という思いを生まれて初めて体験し、理解しつつあるのだと想像する。今の時点でかけっこに順応できなくても全然かまわないけれど、願わくば妙なコンプレックスにはなって欲しくないものだ。
 いずれにせよ、最初の運動会というものが近づいてきて、初めてそのことの大きさがわかってきた。

 十月七日、運動会の当日。むすめのかけっこは体操などが終わったあとの最初の競技だった。わたしは彼女が一生懸命走っている姿をどうしても写真に撮りたくて、あっちこっちと場所を探した。徹夜の場所取りで前のほうはすべておさえられているので後ろの方から人の隙間を狙うしかないのだけれど、なかなか思うような所がない。そのあいだにも競技はどんどん進んでいく。走る距離は園庭に作られたトラックの三分の二周ほどで、四十メートルぐらいだろう。スタートからゴールまで十秒もない時間だ。いつまでもウロウロしていられないのでとにかくゴール地点のあたりでカメラを構え、あと三組となったあたりから撮影のタイミングを測ったりしていた。みんなよく走っていた。トラックの内側では三位までの旗のもとに該当者が勝ち残りをしている。小学校では順位をつけないといった議論もあるけれど、この幼稚園は昔ながらの方針だった。むすめの順番がきた。ファインダに集中する。カメラに標準の28〜80mmのズームレンズを通してだけれど、わたしの心のズーム倍率はどんどん上がってクローズアップのようだ。ピストルの音でスタート! だが、音が恐かったようで最初から出遅れた。そしてすぐにコーナーを抜ける。締まった表情のいい走りだ。ここで一枚めのシャッター。そしてゴール間際で連写の数枚。あっと言う間だったけれど、とにかく撮った。風邪をひいているためにゴールしてからゴホゴホと咳をしているのがわかる。彼女にとって生まれて初めての競走が終わった瞬間だった。結果は、少し水のあいた三等賞。その味わいが、ほんの少しだけ落とし加減の視線に表れているようにも見える。しかし大丈夫だろう、苦さや寂しさのようなものは宿っていないと見た。早く旗のところにいけばいい、走ったのが三人であっても順位は尊重されるはずだから。そして公園でのダンスのような走りもまだまだ見せてくれよと願った。

 たとえば玉入れなんかは、園児の半分以上が数を理解していないことから言うと早すぎるのかもしれないし、ダンスや鼓笛隊の演技なども練習量が多すぎるのじゃないかという懸念がある。子どもがイベントに翻弄されて疲れてしまうようでは元も子もない。しかしその反面でがんばってやりとげることも、競争することも悪いことではない。かくあるべきだという話はいろいろあるけれど、実際に体験してみて、まずことが運動会というイベントである以上は楽しいかどうかということも相当大切なポイントだと思った。そういう意味では参加する者も見る者もなかなか楽しんだ運動会ではなかったかと思う。特に子どもたちにはよくがんばってくれたと心から言ってあげたい。卒園生による競走といったちょっとウキ気味のものを含めてもう一つ二つ競技種目を減らし、子どもたちにもう少し余裕をあげてもいいんじゃないか、というのは「欲を言えば」という感じだろうか。

 ただ一点、これだけは強く主張したい。
 わたしも参加した保護者による競技の「とんぼ捕り」。二人一組で、簡単な競走のあと中間点で一人が竹とんぼを飛ばしてそれをもう一人が網で捕まえて戻ってくるというものだ。これの竹とんぼの品質だけは次回以降絶対に各チーム均一なものにしてもらいたい! わたしのチームの竹とんぼだけがどう見ても不良品で、そもそもとんぼを軸できちんと支えることができなかったのだ。だから捕まえる以前にそもそも飛ばすことができない。トップバッターだったわたしはどれほど目立ったことか……。チームも十組ほどによるリレー形式で二組分に近い大差で負けてしまった。この悔しさは筆舌に尽くしがたい。
 ちなみに妻は出場した二つの競技で優勝してきおった。

「あれやあれや、踊ってる踊ってる――ちょっとズレてるんとちゃうの?」
 背中の後ろ、頭の上からそんな声が聞こえていた。開会九十分前の開門の時刻(七時半)に合わせて場所取りにいったけれど、敷物を敷いた中ではほとんど最後列に近かった。ために、競技種目によっては背中の後ろに人が立ち並ぶような格好になる。
「どこどこ?」
「ほらぁ、あそこやんか、左側の列の一番後ろ」
「あ、ほんとや。キャー、かわいい! ほんまやちょっとズレてるー。でもすごい、がんばってるやんか」
「アヤカどこ見てるのよ、こっちやんか! アヤカぁ、アヤカちゃーん!」
「あ、こっち見たこっち見た、ああ、笑ってる笑ってる、いやンどうしよー、笑ってるやん……」
 最後のほうは少し涙声が混じっていた。
 親ばかとしか言いようのない大騒ぎ。でも気持ちはわかってしまうのだった。下の子も居るわが家では小学校だけでもこの先十年は毎秋運動会が続くわけである。覚えておくべき初心なのかもしれない。

 それにしてもくたびれた。書き忘れたけれど下の子も交えての初めての本格的なお弁当も壮絶なものだった。お姉ちゃんのリクエストによるスパゲッティに手を突っ込んで自分で食べるといってきかなかったのだ……。
 夜は早々に灯りを落とす。子どもが寝入ったころ、テレビでは車両火災の話題をやっていた。走行中の車の窓からポイ捨てしたタバコが後ろの窓から再び車内に入って火災を起こすことがあるという。また閉めきった車内で難燃性のシートがくすぶりつづけると、窓が開いた途端に急激な炎が出て爆発に近い状態(バックドラフト)になるとか。恐い話だなぁと見終わったころ、裏庭のほうから緊張した声が聞こえてきた。
「煙出てます! 煙出てます! 火事やないですか!?」
 跳び上がるような気持ちであわててベランダに面したガラス戸を開けると、近所の奥さんがうちの裏手にあたる家の方向を指して取り乱した声で喋っていた。上を見ると、本当に煙がもくもくと立ちのぼっている。妻に、本当らしいからとにかく見てくるといって下におりた。たとえボヤでも消防車が来ればどうせ大騒ぎになるだろうと思って、その時点でわたしの母にも声をかけ、一緒に外へ出た。
 煙の出ていた箇所に近回りだと思ったので、うちのあるブロックを逆時計方向に回ってみる。しかし何人かの人がいただけでこれといった異常はなさそうだった。おかしいなぁと言いつつ反対に回ってみると、今度はたしかに煙の匂いがした。空気もはっきりモヤっている。十人ぐらいの人が出ている中によく知っている人を見つけたのできいてみると、はっきりわからないけど焚き火らしいという返事だった。そのうちに当事者も出てきたらしく「お騒がせしました」という声もきこえてきた。ヤレヤレ一安心。しかしそのあとが本格的な大騒ぎだった。すでに誰かが119番していたのだ。とにかく家に戻って妻に知らせていると、一、二分して数台の消防車と救急車がやってきて、ちょうどうちの前に救急車がとまった。それだけで「火事やー!」という新たな叫び声が聞こえてくる。赤色灯が回転し続け、拡声器からは通報者を探す声が聞こえていた。夜中のことで、しかもそれなりの煙だったから通報も無理のないところだろう。何も遠慮することはないと思うのだが、名乗りにくかったのかもしれない。ようやく火事ではないから安心してくれというコメントが聞こえてきて静かになった。地震も恐いが火事もご免だ。下の子は起きたけれど上の子は眠ったまま、長かった一日が終わった。


♪ with "Jaco Pastrius" / Jaco Pastrius