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「ばぶぅ」「むぅー」などと言いながら、十一カ月になった下の子がテレビを観ている姉にちょっかいを出しにいった。ケラケラ笑いながら姉が応じる。妹が赤ん坊に独特の無垢な笑い声を上げる。それにしても笑う赤ん坊というのは無敵にかわいいものだ。四歳の姉にとってもそうなのだろう、しばらくするとすりすりっと妹に体を寄せていき、むぎゅっと抱こうとした。妻があわてて「あかんあかん! そんなにギュッとしたら」と言ったけれど、間に合わなかった。強く抱かれたために反射的に体をそらせた下の子が、そのままうしろに倒れ、後頭部をまともに畳に当てるにぶい音がした。
本当にほんの一瞬もほっておけない。経験的にも、畳だから大したことはないだろうとは思うけれど、何か硬いものがあって首や頭が変な角度でぶつかったりなんていくらでもありえることだ。こればっかりはおねえちゃんにきびしく言いきかせるしかない。
ということで、しょっちゅうそんな話になる。姉にとってはこういう場合の自分のしたことの意味はわかりやすいので、すぐに「ごめんなさい」となるし、涙もでる。彼女だって頭を打たせてやろうと思ってしたことではないのだ。だから必要以上に痛めつけたくはないし、妹ばかりを大事にするという意識を植え付けるようなこともしたくない。もちろん近づくなとは言えないし、できれば、してはいけないことだけを覚えてほしい。……などなど、思いは色々あるのだけれど残念ながら言葉の力がまだ十分ではない。だから思いついたことはなんでもやってみる。「わきちゃんに抱きついて、どうしてもこかしてしまうんやったら、今度はパパやママがあっちゃんから守らないと仕方がなくなるんや。『やめなさい!』って叱ったりも増える。それはあっちゃんが嫌いやからとかじゃないんやで、妹がケガしないようにもうちょっと大きくなるまで守るだけなんや……」などとも言ってみた。妹がするように座らせて、どんなふうにすると後ろにコケるかと実験?したりもした。まぁ、そうやっているうちに少しずつでも状況が良くなることに期待するしかないのだろう。
寝るまでのあいだ、最近少し熱の冷めていた紙芝居をしていると、下の子も這い寄ってきた。話の内容がわかるはずもなく、立ち上がってわたしの持っている紙芝居を触りにくるのだ。拒んでいると「キョエーッ!」と叫んだりする。泣く子には勝てないけれどワメく子どももなかなか手強い。やれやれ、続けるのもムリだなぁとあきらめかけたとき、上の子がちょんちょんと歩いていって妹の背後に座った。投げ出した脚の間で妹が遊ぶような位置だ。「こうするとうしろにコケてもだいじょうぶだよね」と妻の顔を見た。いろいろやった中で、そうやって座ると安全だと妻がやってみせたのがわかりやすかったらしい。妻はホメちぎっていた。このところ叱ることが多かったのでよけい嬉しかったようだ。お手本を見せてマネさせるのが基本だと心にメモる。といって、安心しているとまた後ろにゴンとやるかもしれないけれど。
(大事なく通過してしまえば、笑い話になるか、それとも思い出すことさえしないことだろうなぁ……)
「蝶々さん、亡くなりはったんやねぇ」
妻がわたしの母に言った。
「……なぁ。だいぶ悪かったからしゃあないわ」
母が応えたところに上の子が割り込んだ。
「ちょうちょうさんてだれ?」
「この人」
と母が新聞を指した。
「はねがあったの?」
「羽なんかあれへん。女優さんや。死んでしまいはってん」
「どうなったの?」
「ドンちゃんみたいに、ずっと帰ってけえへんようになったんや」
「あっちゃん、どんちゃんにあいたい……」
「なぁ。おばあちゃんも会いたいわ」
「おばあちゃんは、かえってこないところにいかないでね」
「あっちゃん男の子産むんやろ? それまでいてるわな」
「おとこのこがうまれてもずっといてて」
かわいいことを言うてくれるようになったと、母からきいた話。昨日からすでに三度以上わたしに繰り返している。
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