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2000年10月16日(月)
◆《ほぅ》

 下の子はまだ喋れない。一歳にもならない子どもが喋れないのは当然だけれど、だからといって黙っているわけではない。独特の音声で彼女なりに話しかけていることもまた確かだ。
 今のところの語彙は何種類かの叫び声と泣き声、そして「ほぅ」という声から成っている。「ほぅ」は「ほぉ」「ほん」「ふん」「うん」「はん」「はあ」「ああ」などとも聞こえる。長いときは「ほー」「ふー」「んー」「うー」「むぅー」などとも聞こえ、それらのすべての中間やブレンドもある。ここでは代表させて「ほぅ」と書くことにした。機嫌のよいときは一動作ごとに「ほぅ」「ほぅ」と言ってるときもある。ひょっとするとそれぞれに対応する感情や言いたいことがあったりするのかもしれないけれど、親としてはとりあえずすべてがなんらかの要求のように聞こえる。それとも単なるおしゃべりなのだろうか。

 例によってわたしが座っている机のところに這い寄ってきて、わたしの脚を支えにつかまり立ちをする。
「ほぅ」
「おう。また来たのか」
「ほぅ」
「今忙しいからだめだよ」
「ほぅ」
 下からじぃっとわたしの顔を見たかと思うと、机のほうに背伸びをして、キーボードを指さす。正確には人差し指で触ろうとして指を出しているのだろう。
「ほぅ」
「またキーボードしたいのかぁ?」
「ほぅ」
 下唇を突き出し加減にして、当然だという顔をしている。
「今はだめ」
「ほぅ」
「あかんの」
「ほぅ」
「何を言うてもだめ」
「ほぅ。……うーーー、ほぅ!」
「あかんテ」
「ほぅ、ほぅ、ほぅ」
「何回言うてもだめやの」
 と言いながらとなりの机に置いてある MIDI キーボードのほうへ体を向けてやると、こないだまではしばらく遊んでくれたのだが、そろそろ伝い歩いて戻ってくるようになってきた。
「ほぅ」
「…………」
「ほぅ」
「わかったよォ」
 抱いてやると感謝のそぶりも見せずにキーボードを叩こうとする。
「はい、もういいやろ」
 すぐに降ろすと、満足していないのか、
「ほぅ、ほぅ」
「もー、フクロウみたいなやつやナ」
「キョエ〜〜〜!!」
「わ、わかったわかった……」


♪ with "Gerald Alston" / Gerald Alston