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2000年11月10日(金)
◆《医者あれこれ》

 今週はこまごまとよく医者にいった。喉が痛いからいくと言われて上の子を連れていき、下の子がまた熱を出したといっては一応連れていき、治療中の二つのイボの小さいほうがとれたので上の子を連れていくと、二日後には大きいほうがとれてまたいかねばならなかった。それが昨日。そして今日はインフルエンザの予防接種だ。とにかく一度風邪を治めて落ち着きたいという思いもあってのことで、この二、三日は下の子の軽い鼻水ぐらいでなんとか平静を保っている。予防接種も受けたのでなんとかこれぐらいで冬を乗り切ってほしいものだ。

 大きいほうのイボの痕はまだ少しイボのかけらが残っていて、それらをやっつける二回目の治療となった。子どもも納得しているので拒否はしないのだけれど、話の段階ですでに涙が出てくる。寝かせると、今回はわたしも慣れているので目にハンカチをのせて頭を固定し、左腕から胸のあたりをおさえた。右腕と他の体全体を看護婦がおさえる。ハンカチは自前で用意したもので、視界を奪うことがいいのか悪いのかわからないけれど、前回他の皮膚科のときに強い照明をあてられたので今回も用意だけしていた。少なくとも医者のほうでの用意はないようだった。看護婦は「がんばって、がんばって」と一生懸命にいうけれど、運動会ではないのだ。力づくでおさえつけるにしても、動きそうなときに反応すればいいのにのっけから緊張していてはかえって恐怖をあおりそうな気がする。「よしよし、トントンしてやるから大丈夫だ」と寝かしつけるときのリズムで腕のあたりを叩いてやると、ずいぶん落ち着かせる効果があったような気がしたのは、親のうぬぼれだろうか。
 いずれにしてもわたしの印象としては、まだ今回の医院のほうが子どもにはやさしいように思った。

 話はかわるが、町の開業医の中にはずいぶんといい加減な医者もいるものだ。患者と医者の無数の関係の中の微細な一例にすぎないと断っておくけれど、わたしの母方の筋には「チョット待てよ」という話がいくつかある。
 まず、戦後まもないころに母方の祖母が私立の病院で開腹手術(病名は母が忘れてしまってわからない)をしたとき、医師が体内にガーゼを置き忘れた。何年か後に肉腫化したガーゼが再び腹痛をおこし、結局再手術により取り出したらしい。完全な医療ミスで今なら賠償問題になるところだが、当時はなんだかんだでうやむやにされたとか。そしてわたしがまだ歩き始めたばかりのころには、足のケガを悪化させて近所のA医院にかかり、最終的に手術になってしまったことがあった。腫れがひかなくておかしいということで診てもらっているのに、どんどん悪化していって結局歩けなくなったらしい。疑念を持った両親が公立の病院に相談すると、すぐに手術となったようだ。わたし自身には記憶はない(縫った痕はある)けれど親にすればたまらなかっただろう。余計なことだがこのA医院には藪の奥深くにしまわれた数々の噂がある。また母が長年かかっていたB医院の医師は、結果的には胆石を胃痙攣でかたづけて痛み止めのモルヒネを打ちつづけ、肝機能の障害を疲労と肩こりのせいにして効きもしない注射ばかりをつづけたという。心配した祖母が自身のかよっているC医院に母をつれていったところ、尿を一見しただけで肝臓が悪いと言いきるほど明らかな状態だったらしい。ちなみにこのC医院の先生はなかなかの名医で、母の胆石も見抜いてくれた。しかしそのときには胆のうが数十個の石で一杯になっており、結局胆のうごと摘出したのだった。運が悪かったのか良かったのか……。

 日記猿人新名称のしめきりが迫ってきた。日記才人が優勢なこともあって「猿人から才人への進化」云々というフレーズもちょいちょいと見かける。そんなふうにいわれてみると日記○人というパターンだけならけっこういろいろある。日記囚人(伊達仁人さんのページより)、日記廃人、日記病人、日記遊人、日記愛人、日記変人、日記鉄人、日記原人、日記蛮人、日記新人(類)、日記犯人、日記罪人、日記悪人、日記怪人、日記艶人、日記落人…… あなたはどれ?


♪ with "Now You See Inside" / SR-71