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2000年11月19日(日)
◆《癒しの砂》

 少し離れたところにある緑地公園の中の児童公園には、幅七、八メートルの大きなすべり台がある。手すりが持てない上に傾斜も急なのでかなりのスピードが出る。バランスを崩して横向きになってすべるのも当たり前という大らかなものだ。その隣には同じような傾斜ですべり降りる距離が二倍ほどありそうな一人幅のすべり台もある。すべるにまかせておくと終端ではオーバースピードになって投げ出されてしまうほどで、どちらも公園では大人気だ。

 土曜日に少し体調を崩していた妻も復活、どんぐり拾いをかねてようやくやってくることができた。去年来ていない子どもには初めてのようなもので、すべり台を見た瞬間に走り出してさっそく幅広のほうにトライした上の子だったが、残念ながらそれは少々軽率だった。斜面の中ほどから恐わさで顔がひきつり、案の定横向きになって下の砂場に転がり出て砂だらけになってしまった。ショックを乗り越えて隣の長いほうに移り、何度かすべると今度はべつの遊具にいった。木製の低いやぐらへの登り降りを中心に遊ぶタイプだ。変形ハシゴや、吊り橋型のスロープ、ロープでできた網などいろんな遊び方ができる。さっそく手近な吊り橋型のスロープを選んだものの、しかしこれもまた少々軽率だった。元々嫌いなタイプなのにと思って見ていると、やはり最後は足がすくんでしまった。それでもなんとか渡りきって変形ハシゴで降りると、今度は六十度ぐらいの木製の斜面をよじ登るロープに挑戦。ところがこれももともと不得意で、やはりほとんど歯が立たずにあきらめた。そしてそのまま砂場に入ってしまった。ひたすら砂の山を作り、ろくに口もきかない。なんとか喋らせると、難しくて恐いからもう遊ばないというのだった。

 わたし自身十歳ぐらいまでは運動神経や運動能力は人より劣っていた。妻は生まれてこのかたずっと劣ったままだと自分で言っている。だからこそ子どもはなるべく外で遊ばせるようにとそれなりの努力をしてきたつもりなのだが、本人の嗜好というのか、やはり無理強いはできないものだった。常に砂遊びのほうが好きで、走ったり登ったりは結果的には「好きだけれども得意ではない」という感じになってきている。恐さがわかるようになってからはなおさらで、まさに小さいころの自分を見るような感じがする。納得と戸惑い、切なさと情けなさといったものを同時に感じてしまうのだった。
 外での遊びがまだまだ足りなかったのかもしれない。だがどうしてやるのがいいのだろう。
 自分と照らして、もし同じような発育の過程をたどるものであればそのうちにまた人並みぐらいの運動能力になるチャンスもあるだろう。だから今はしたいようにさせてやればいいとも思う。一方で、いじけたような砂遊びをするぐらいなら、少しずつでも恐かったことやできなかったことにトライしていくほうがいいとも思う。慣れるだけで解決することもあるだろう。また、他のことで遊んでももちろんかまわない。ブランコでもいいし、どんぐり拾いでもいい。とにかくわざわざ遠くの公園まできてやっぱり砂場にうずくまるというのは冴えない話だった。

 結局、恐くてもやってみないと恐さはなくならないよと話した。いじけて返事もしないような部分をそのままにはしておけなかったのだ。もしもこれから先、妹がそうやっていじける姿を見たらおまえはどう言う?ときくと「がんばれっていう」という答えもあった。ならおまえもがんばれよ、とも言ったが、少しアンフェアだろうか……。とにかくその気になって遊びはじめ、幅広のすべり台を一緒にすべろうと言い出してくれた。そこまではよかったのに、カメラを妻にあずけるからちょっと待ってくれと言ってるうちにまたしゃがみこんで、そのまま砂遊びモードに戻ってしまった。一体、砂はそんなにも麻薬的なものなのだろうか。それともそこに癒しがあるのか。

 やがて早くなった日暮れが近づき、帰る時刻がくる。下の子も眠りかかっているし、どんぐり拾いもしたければ少しでも早めに動きたいところだった。なのに相変わらずまともな返事もせず砂場から立ち上がろうとしない。仕方がないので、ついてくるだろうと歩き始めると、児童公園の出口に出ていた店でかき氷を買えと大泣きしはじめた。しかしいい加減頭にきいていた夫婦はこれを無視し、大泣きのままついてこさせた。そんなことは初めてだが、少し歩くと引き返す時間もなくなるのでもう選択肢はない。よく見かける、子どもを泣かせたままつれて歩いて端で見ていてなんとかしろよと言いたくなるような親子に、今なっているんだなぁと思いながら歩いていた。
 泣き疲れたころ、どんぐりのなる木を見つけて両手に三、四杯ほど拾い集め、それでコロッと上機嫌になる。それでいいといえばそれでいい。さて、この一日は娘の中でどんなふうに熟成するのだろう。あるいは拡散してたどることもできない記憶の粒子になるのか。……帰りの車を運転しながら、指のあいだから落ちる砂を眺めつづけている自分を想像していた。


♪ with "Tears" / Jason Rebello,Joy Rose