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(承前)
わたしが帰ってしばらくすると、今度は粘土遊びなどに使っている小さな座卓をベランダに持ち出した。そのあとに妻のキルティングのコート(普段から自分の物のようにしている)を持っていこうとしたので妻がやめるように言ったけれどきかなかった。そして授乳中だったのをいいことに、掛け布団までひっぱり出した。どうやら座卓にかけてコタツのようにしたいらしい。敷物がしてあるといっても布団を広げるほどのスペースはないから、そんなことを許すと布団が汚れて使えなくなってしまう。妻が「やめなさい!」を連発したが、結局はどういうつもりなのか「あばよー」と言ってベランダに出てしまった。金魚鉢騒動からのダメージが残っている妻にはその言葉もショックだったらしく、もはや戦う意志も潰えたようだったので、わたしがいった。
「その布団はダメ。汚れたら使えなくなるからベランダに出したらあかん」
「はい」
返事は良い。だけど行動は無視していた。そのまま布団を広げつづけた。
「こら、ダメって言ってるやろ! 汚れるからベランダに出したらあかんねん」
「はい」
さっきと同じ。けっこう本気で言ってるのに、返事は「はい」だが行動は無視だ。もうこのへんで相当頭にきていた。
「あっちゃん、やめなさい。どうして言うこときかれへんのや!」
「はい」
返事をしながらもそのまま自分の思うとおりに行動しつづけるというのは、最近目につくようになったパターンだった。だがこんなにもあからさまな無視は初めてだ。さらに同じようなやりとりを四、五回はつづけただろうか。頭の中ではとっくにボーダーラインを超えているのに、なぜかぼんやりと「やめなさい」を繰り返していた。やっぱり何かがおかしくなっているような気がする。ブレーキが壊れて抑えがきかなくなっているとしたらしつけが足りないということだろうか。それともアクセルが壊れて全開のまま戻らなくなっているのなら何かの欲求不満でも表れているのだろうか……などと漠然と考えていた。もう腕力でやめさせるしかないけれど、どちらにしてもこの子は一体どうなってしまったのだろう。そのとき妻が出てきて、
「あっちゃん、汚れるから布団ださないで。やめてって言ってるのになんでそんなことするのよ」
と言った。その声が疲れていた。疲れていて哀しかった。なんで? なんでこんなことになるの……? そう思うと、次の瞬間に怒りが沸騰してしまった。子どものお尻をめくって三度叩く。不思議とかなり手加減している自分に奇妙なおかしさを感じながら、布団をひきたくり、
「もうそこに居れ! 入ってくるな!」
とベランダのガラス戸を強く閉めた。サッシではない、木戸だ。衝撃でガラスに少しヒビが入った。すぐに泣きだして外からガラスを叩き始めたので中に入れ、あとは「きく気がなかったら返事なんかするな!」とか「どうしてやめろと言われてやめられないのか、わけを言え!」などと怒鳴りたおした……。
土曜日とは違って、今日はわたしの言いつけに対する反抗なので後悔はあまりなかった。たしかに怒りすぎだとも思う。ガラスを割るほど木戸を叩きつけなくてもいいだろう。指でもはさんだらどうするというのだ。そういう意味で感情が勝ってしまっていたとも思うけれど、もう後にはひけなかった。この怒りが間違っているのなら、人間関係なんて成立しないし、親子関係なんかやめるしかない。あとは娘を叩きのめしてしまわないようにできるだけフォローするしかなかった。いつまでも興奮してはいられなかった。もう返事だけするようなことはしないと約束させたあとは落ち着くまで抱いていた。わたしも落ち着かないといけなかった。前に同じようにしたのは七月だったか……いつまでこんなことがあるのだろう。こんなことを繰り返していて大丈夫なのだろうか。とにかく気持ちを切り替えるためにも外へ出て、自転車の練習を少ししたあと咳止めの薬をもらいに医者につれていった。
その道すがら、もし幼稚園をかわるのであれば候補になるところを通りがかった。
「楽器の練習とか体操とか、しんどかったらこの幼稚園にかわってもいいんやで。公園の友だちもいてるよ」
「いやだ」
「どうして?」
「まださくせんがのこってンもん」
「なんの作戦?」
「えとな、サンタさんのさくせん」
「なんやそれ…… あ、なんか幼稚園の行事があるのか」
「サンタさんがな……」
「もういいもういい、内緒にしとき。楽器はしんどくても楽しいこともあるもんな」
「ようちえんすきやねん、あっちゃん」
「でも、しんどくって今日は休んだやんか」
「あしたからはもうだいじょうぶ」
「でも明日はあっちゃんの嫌いな体操やで」
「……たいそうは、ちょっとしんどいわ」
「なぁ。体操もイヤやねんなぁ。なんで楽しくしてくれへんのかなぁ。明日も休むか」
「でもあしたはいくとおもう。セキがでなかったら」
「そうそう、明日はお餅つきやで、たしか。行ったら絶対楽しいわ」
「たいそうはないの?」
「知らん。あっても、お餅つきのほうが楽しいって」
「あしたはいくー」
医者から帰ったあとはもうカラッと明るくなっていた。前にも感じたことだが、お尻を叩くほど叱ったあとは子どものほうが妙にすっきりしたようになったりする。自分にとってそれ以上悪いことは起こらないから、前向きな気分になったりするのだろうか。しかし叩いたほうはそうもいかない。ヒビが入ったのはガラスだけであることを祈るばかりだ。とにかく、幼稚園をかわることも想定して、一度保育を参観させてもらうか、担任の先生と話をするなりしてみることを妻と確認した。
五日、お餅つきはとても楽しかったらしく、非常に明るくて屈託のないむすめだった。なんとなくほっとする。とりあえず担任の先生と電話で話した妻は、「今ちょっとわたし自身が演奏会のことで必死になってしまってて、言葉がきつかったりしたことがあったかもしれません。申し訳ありませんでした」とあっさり言われたらしい。「みんな一生懸命がんばっているのでお家でも応援してあげてください」とも。参観は子どもの収拾がつかなくなるということで拒否された。
さてと、どうしたものだろうか……。いずれにしても目前の演奏会はなんとか乗り切るしかないので、それこそ担任の言うように応援するのが今は正解なのかもしれない。今度は言葉で尻を叩くわけだ。むすめの担当にはマリンバもあるらしい。「でもな、マリンバってすごいきれいなおとやねんで」というお風呂での言葉も耳に残る。
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