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あ〜あ、やっぱり書かないわけにはいかない。三日あたりから首筋の両側にあるリンパ腺が腫れてガチガチに肩がこり、四日の夜からひさしぶりに発熱した。いや発熱は暮れにもあったけれど悪寒つきはずいぶん久々だった。体温としては38度ぐらいなのにとにかく猛烈に寒い。こんなときのために用意してある電気敷毛布を最強にし、二時間ほどかかってようやく落ち着いた。わたしの母にきいてもはっきりしないのでひょっとするのかなぁと思っていたのだが、子どもの水疱瘡をもらっているのかもしれない。だとすれば、下の子にはぼちぼちちゃんと出始めているので話は合う。しかし大人の水疱瘡は大変だということなので、できれば願い下げにしたいところだったのだが……。
五日朝、ポツポツと発疹がではじめたので初仕事をキャンセルして医者にいき、水疱瘡を確認して薬をもらってきた。元日に兄(医師)と話したり web を検索したりして、初期のうちならゾビラックスという抗ウイルス剤が処方されるのだろうと思っていたのだが、かかりつけ先生は知らないようで解熱剤などの対症療法の薬だけだった。早い話が風邪と同じだ。きいても「水疱瘡の抗ウイルス剤はありません」と言われた。難儀な人やなぁとさらにしつこくきこうかとも思ったのだけれど、なんの根拠もないのになんとなく軽く済みそうな気がして、まぁいいかと帰ってきたのだった。下の子は大晦日あたりに一旦ポツリポツリと発疹がでながらもそのままおさまってしまったし、わたしも小さいころに罹患したような記憶がおぼろげにあり、多少は免疫もあるかもしれないなどと思ったせいだ。そんなわけでわが家は新年早々、下の子とわたしという二人の水疱瘡患者を一度に抱えることになったのだった。
この夜がたいへんだった。わたしは前夜あまり眠っていないのと解熱剤のせいでわりと眠った。発疹は上の子のときの数と同じぐらいで全身で数十個というところだが、小粒で、まったくと言えるほど痒みもなかった。これで熱が落ち着いて肩こりがとれればどうということはない。ところが下の子のはほうは痒いらしくほとんど眠ってくれなかったらしい。泣き声で目を覚ますたびに妻が座って抱いていた。明け方状態の落ち着いたわたしが少し代わったけれどせいぜい一時間ほど眠ってくれただけだった。
六日朝、初めて顔を合わせたわたしの母が少し目を見開いたのがわかった。わたしの楽観的な予想に反して、下の子とわたしの二人とも発疹はかなり増殖して、顔にまで出ていた。わたしのほうはやはり痒みがほとんどなく、結局は納得できる医者を探すなどの手を打たなかった(年末年始だったしなぁ)自分の責任でもあるのでまぁまぁあきらめもつく。しかし下の子にはかわいそうなことをしてしまった。すでに上の子のときの比ではないほどの発疹の数で、目の周囲などにもできているためにかなり辛そうだった。また、早く感染するほど楽という話もあったが、わが家では兄弟で後から感染するほど症状が重いという話のほうが当たりだった。そしてこの後呑気に「増えてきたなァ」ぐらいに思っていたわたしがこの日はじめて鏡で自分の顔を見てびっくりした。おおっ……な、なんなんだこれは、ハムナプトラかスポーンか、というともちろん大げさだけれどハチに刺されまくったのび太くんの顔ぐらいのことはある。あるいはじゅうぶん日焼けした上で海に入ってクラゲに顔を刺されまくったという感じか。または奈良の大仏っつぁんがおじぎをするときっとボコボコで――いやそれはともかく、鼻を中心にして発疹が密集してもはや平らな皮膚のなくなったところから赤く腫れ上がっている。これを見て普通に話しかけてくれているとは家族というのはありがたいものだとつくづく思ってしまった。この時点でようやく実感できたのだけれど上の子はずいぶん軽く済んだほうのようで、それがわたしや妻の認識を甘くしていた。もし今回のように発疹が出ていたら全然違った感じで騒いでいただろう。
とはいえまだ自分としてはそれほど悲壮感はない。ようやく肩こりがとれてきたし、食欲も普通だ。相変わらずほとんど痒みはないし、あとは熱さえ落ち着いて悪寒がでなければいいのだ。昼間少し寒気がしたときに体温を測ると39.2度だった。やはりたその程度はでているようだ。楽になったと思ったときで38度ぐらい。下の子のほうはあまり発熱しておらず元気はいいのだが痒そうだ。あまり眠っていないのに昼寝もしない。そんなこんなでダラダラと過ごした夕食どき、まただんだんと悪寒がおこり、八時ごろにはがまんできなくなって先に布団にもぐった。以後二時間ほどかかってようやく落ち着いたところ。
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