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2001年3月11日(日)
◆《嘘ではない演技》

「きょうはね、わがままいわないよ」という娘の言葉で一日が始まった。その言葉の真偽はともかく、落ち着きがでてきたのはたしかで、新しい幼稚園での生活にもじゅうぶんに慣れてきたような気がする。そういえばこの一週間はわたしが気合いを入れて叱るほどのこともなかったように思う。
 下の子の風邪は治っていない。一晩中その相手をしてくれている妻もヨレヨレなので、上の子の言葉に甘えて休日をなんとなくゴロゴロと過ごしてしまった。だがさすがに夕方になってくると退屈が極まるのか、どこかへいきたいと言いだした。スーパーまで買い物につれていくことにする。ところが外に出て歩いていこうとしたら、突然足が痛いと言いだした。どうやら歩くのがイヤらしい。だめだめ今日は一緒に歩いていこうというと、今度はびっこを引きだした。どうしてそんなに歩きたくないのかはわからないがうっとおしいことをするやつだ。でもまぁいいかと、自転車に乗せていくことにした。しばらくすると背中で言った。
「きょうはわがままいわなかったでしょ、だからパパもわがままいったらだめやで」
「パパはわがままなんか言ってないやろ?」
「こどもがね、あしがいたいっていうたら、あるきっていうたらあかんでしょ。じてんしゃでいこうよっていうの」
 カチンときた。
「ちょっと待て。おまえ、ほんとに足が痛くて歩けないのとちがうやろ? さっきまで家の中で走り回ってたやないか」
「ほんとにいたいよ」
「そんなウソつくなよォ……。さっきまで普通に遊んでて、外に出たとたんに歩けないほど痛くなったっていうのか?」
「うん」
「……ほんとか? 絶対に、ほんとに痛いのか?」
「うん」
「……わかった。ならスーパーについても歩かれへんやろな。もし今だけ痛くてむこうについてから走り回ったりしたら、二度と一緒にいけへんからな」
「いまはね、さっきよりましになってるよ」
「もういい」
 我ながら大人げないと思うが、このときは笑ってすませる気持ちにはなれなかった。ウソをつくなということも徹底したいが、とりあえずこの手のウソはかわいくない。父親の機嫌が悪くなったのを察したのか、娘は自転車を降りてスーパーに入ってからも一生懸命歩きづらそうにしていた。だがポイントになるところで痛いほうの足が先に出たりするので、それが演技だということはすぐにわかる。見ていると、もういいよという気分になってくるので「痛くなかったら普通に歩けよ」と言ったが、強情な娘はそのまま演技をやめなかった。そうなるとまたハラがたってくる。
 家に帰って妻とわたしの母に、足が痛くて歩けないらしいと十分にワザとらしく告げた。事情が伝わるとそれは大変だということになり、明日は幼稚園を休んでお医者さんに行かないと、という話になっていく。しかしこのへんまでくると娘も自分でウソかホントかわからなくなるのだろう。妻が「ウソだったら早くそう言わないと、どんどんウソが大きくなってあとで言えなくなるよ」と助け船をだしても、「だからウソをついたらだめなんだよね」と言って悪びれた様子もない。そうなると一方的にウソだと決めつけるのもヘンになってきて、しばらくは「お医者さんの検査が痛くてもがまんしろよ」などとおかしな芝居をつづけていた。子どもの演技からはどんどん嘘が消えていく。それに反してこちらの演技にはどんどん嘘と打算が増えてくるようで、そんなつもりでもなかったのに、まるでいじめるための芝居のようになってくる。そのうち娘が涙目になるシーンがあったりして……。結局、朝起きて痛くなければ大丈夫だろうということにして寝かせた。アホらし。


♪ with "Still Crazy After All These Years" / Paul Simon