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2001年3月20日(火)
◆《絵本読み》

 下の子は絵本が大好きだ。ひまさえあればなにかの本のページをめくっていて、それが遊びになっている。
 キャラクターだらけの姉のお古の絵本雑誌がたくさんあるのでほとんど買ってもやらないのだが、機嫌良くしてくれている。まだ内容はあまり関係ないのだろう。毎日毎日たくさんの本をひっぱりだしてきては、そばにいる誰かをつかまえて読んでくれともってくる。わたしの母が一番まめに相手をしており、その母がいないときはわたしのところにも持ってくる。
 ところで下の子はまだ喋ることができない。それでも、手に持っているものをかしなさい、それを誰かにわたしなさい、といった言葉はかなり正確に理解できるのでなんとも不思議な気がする。そういえば上の子のときにも同じように感じたことがあり、英語を喋ることができなくとも聞けるようになるよなぁと思ったことがあるのを思いだした。二人の子どもに同じことを感じるというのも進歩のない話だが、この世界に対する最初の知識を獲得していくときに喋れない言葉の意味がわかるようになるというのは、あとから英語を学ぶのとは違っているようで、やはり不思議な感じがするものだ。実際、下の子にしてみれば自分の欲求は、たとえ表現が不完全でもまわりがあれこれと詮索してかなえてくれるわけで、特に困ることもなく、強いて喋る必要もなく、そのために「あー」や「うー」ですませているようにさえ見える。

 わたしがコンピュータに向かっているところに絵本をもってきて「うー」と言う。これは「読んでくれ」のこと。はいはいとページをめくってやるまで「うー」「うー」「うー」とくりかえし、だんだんと大きな声になる。片方の膝の上にのせて絵本のページをめくってやると、何十回見たページであってもその中の動物なりを指さしていく。
「うー」
「それは猫。にゃんにゃん」
 納得した顔でふんふんと首をふる。ばさっとページをめくって、
「うー」
「それはアンパンマン」
 またふんふんと首をふる。またばさっとページをめくって、
「うー」
「それはイチゴ」
 またふんふん。といった調子でページめくりがつづく。
「うー」
「それは犬。わんわん」
 犬のときだけ、「わん(.wav 6kb)」とうらがえった声で言うこともある。たいていの本はばさっばさっと四、五回もページをめくると一冊が終わる。そして満足して膝からおりると、すぐまた次をもってくるのだ。


♪ with "Songbird" / Eva Casiddy