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四歳になったころからだろうか、娘はある所に入るときになぜかわたしを呼ぶようになった。必ずではないけれど、そこでの作業の種類によってはほぼ必ずといえるほど「てつだって〜」と呼ぶのだった。座っている娘に向かい合ってしゃがみこみ、おへその下あたりを押さえてやると助かるようで、手の大きさや力加減などの関係でわたしが一番よいらしかった。わたしとしてはけっして心のはずむことではなかったのだが、娘の健康に大きく関わることでもある以上、親として拒否するわけにもいかない。
やがてお手伝いにも慣れてきたころ、いくら自分の娘といえども二人きりでこんなにも真正面から顔を見つめ合ったまま話をする機会はそうはないということに気がついた。以来、そのある所はわたしと娘の大切なコミュニケーションの場にもなっている。入園当初幼稚園に行くのがイヤだとごねたときにはとにかく入れと押し込むようにして説得したものだった。今日はなにをした、なにを食べたはもちろん、しりとりをしたり歌を歌ったこともある。転園に絡む重めの話題をあれこれと話したこともあった。
もちろんそのものずばりの話もある。最近では一人でそこに入り(ドアは開けたまま)、作業をしながら状況をリポートしてくれることも多くなっている。大きいのが出たよ〜、何個出たよ〜、という具合だ。あまり想像したいものでもないけれど出なくて苦しむよりは数段いい。そして今日は極めつけに近いリポートだった。
「おおきいのがでたよー」
元気な声だ。健康的でよろしい。
「よかったなー」
「でもね、とちゅうできれた」
き、切れたか。
「……そ、そうかぁ、目に浮かぶなぁ」
一、二秒後、娘の少しくぐもった声が返ってきた。
「うかんでない、しずんでるよー」
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