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2001年5月20日(日)
◆《服の破ける音》

 昨日は、幼稚園から帰ってきたまではよかった。ダンゴムシ体験で娘は幸せだったのだ。それがわたしの言葉もあって午後から変質していってしまった。
 妻が公園にいこうというと、またもや上の子は「いきたくない」といった。寝ころんだまま口の中でもごもごと、要するに幼稚園での苦手な子と会うのがいやだからという意味のことをくりかえしていた。まだいうのかという思いと同時に疲労感で肩のあたりが一気に重くなるような感じがする。最初にそんなふうに言うようになってからひと月ぐらいにはなるだろうか。そのたびに「遠慮する必要はないし、逃げていてはだめだ」ということを話し、少なくとも実際に何度かあそびにいったときには何事もなかったはずだった。金曜日には幼稚園に事情を伝え、先生からも注意するという話をもらったばかりだ。あとは本人の「負けないぞ!」という気持ちがほしかった。

 それにしても自分の娘の不戦敗のような姿にはなんともやりきれないものがある。それほど参っているのかという心配と、尻尾をまいてしまっていることに対する情けなさや苛立ちが交互に入れ替わるような感じ。しかし妻の話に対してますますかたくなになっていくのを聞いていると、やがて苛立ちのほうが勝ってきた。そして「もういいやろ、意気地なしはほっといて(下の子と)二人でいってこいよ」という言葉が口をついてしまった。この「意気地なし」が娘の癇にさわった。それからわたしの悪口を言い始め、ぶつぶつと、そして延々と「パパのうそつき」「パパのあほ」という言葉がつづいた。場合によっては最初の一言でカミナリを落とすわたしだが、昨日はしばらくそのまま聞いていた。それだけ怒るぐらいなら大丈夫だとかえって安心したりしていたのだ。
 そのうちに下の子が絵本をもってきたので相手になっていると、こんどは下の子にあたりはじめ、手元にあったおもちゃのブロックなどを投げてきた。やめろといってもきかない。今までの経験から、こういうときは結局カミナリを落とさないと解決しないだろうというのが見えてきていたが、パターン化してきたなと自分で感じている部分で少しシラけていた。
 娘の暴言はどんどんエスカレートしていく。すでに妻のほうがキレてきて「いい加減にしなさい!」と何度か言っていた。そのうちに「あほじじぃ!」という言葉まで飛び出して妻が絶句してしまった。わたしは心の中で苦笑。もちろん腹立ちは感じるけれど、やれやれ、やはりそんな言葉も覚えるんだなぁという気持ちも強かった。しかしもちろん許しておくわけにもいかない。どうしたものかと思いながら、とにかく一度間をとろうとコンピュータのところに座った。それを追いかけてこようとした下の子が、ちょうど姉の投げ出した脚のところを通ろうとして軽く蹴られてひっくりかえり、泣いた。わが家ではこれは絶対の禁止事項だった。
「ええ加減にせえ、蹴るのはだめやって言ってるやろ! ちょっとこっちに来い」
「いやじゃ!」
 娘はすでにブレーキがきかなくなっていた。
「来なさい」
「いやじゃっていうてるやろ!」
 さすがにわたしもむっとしていた。娘のところにいくと、無理やりにでも立たせようとして着ていた服の胸ぐらをつかんだ。
「来いって言ってるやろ」
「いやや、はなせ」
 と言いながら蹴りがはいってきた。
「蹴るな、ちょっと来い」
 と手に力をこめたとき、服のどこかが破ける音がした。
「やぶれるー」
 と娘が言ったが、あとにはひけず、そのまま引っ張ってきてわたしの前に座らせた。すでに大泣きだった。服が破れたと繰り返している。見たところ大きな裂け目などはなかったが、首まわりか脇の下で破けたのかもしれない。
「パパに言ったことと、妹にしたことを謝れ」
 とだけ言った。すぐに「ごめんなさい」がきた。もういいと言うと、娘は妻のところにいき、お気に入りの服をパパが破ったと泣きつづけた。すぐに猛烈な後悔の気持ちに襲われた。やりすぎた。ちらりと妻を見て「すまん」の動作をおくると、大丈夫だというふうにうなずいてくれたので少し救われたような気がしたが、たまらない気持ちは去らない。娘のところにいって服を破ったことについてはあやまり、おまえもむちゃくちゃな言葉はつかうなということにしたのだった。

 そんな昨日のこともあり、今日は妻が午前中から子どもと公園に出た。ボランティアで子どもの遊び道具などを提供してくれる集りがあり、それに参加するということだった。昨日の夜からこっち、娘は服を破ったことを許してはくれたようだが、忘れてはいなかった。特にその音の印象が強かったようだ。そりゃそうだろう。こんなことが心の傷になったらどうしようという思いが消えず落ち着かない。妻は大したことないから修理できるだろうと言ってくれていた。たしかに破け目は音の印象ほどではなく、首の後ろで一センチ程度のものだったが、わたしがつかんで引っ張ったところはずいぶん伸びてしまっていた。見ているだけで子どもの泣き声が聞こえてきそうでたまらない。やはり同じ服があれば買い直そうと思った。そうすることがいいのかどうかはわからないけれど、子どもよりもむしろ自分のためだ。他にどうしていいかもわからない。聞くと近所のスーパーで買ったということだったので出かけてみると、うまい具合に同じ服があってくれた。

 夜になって新しい服を渡すと、娘は予想以上に喜んでくれたので少しは気が楽になった。けれどもちろん彼女の記憶に残っているであろう音はすぐには消えないだろう。あとは彼女の反省と交換にするしかない。「あほじじぃ!」と服の破ける音とは釣り合うだろうか。


♪ with "Led Zeppelin III" / Led Zeppelin