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朝、ピッチちゃんが冷たくなっていた。六時前には生きていたから、それからのことらしい。はかなくあっけないものだ。しかし丸一日ももたずに死んでしまうとはなぁ……。喜ぶと思ったことがかえって罪作りだったかもしれないが、まぁ仕方がない。「ぴっちちゃん、なかなかおきてこないね」と待ちつづける娘に、朝のあわただしい中でなんとか説明する。大泣きされるかと思ったが、最初の言葉が「みんなといっしょにとんでいけなくなったの?」だった。飛べるようになったら放してやるという約束のためだが、ちゃんと想定していたのかと思うと昨日のかわいがり方と対比されて切なかった。少し泣いたあと、お墓を作ろうということになる。時間が経ってしまうのもなんなので、幼稚園におくっていく前に公園にいって埋めることにした。「ずっとだっこしてもっていってあげる」と優しいことをいうのだった。
バタバタと用意をして自転車に乗った。幼稚園のカバンなどを前カゴに入れて、ピッチちゃんを、寝床にしていたプラスチック製のカゴごと子どもに渡そうとすると「どうするの?」という。「ずっと抱っこしてもっていってあげるんやろ?」ときくと、こわそうにして持つには持ったがすぐに「まえにおいてもいいよ」といってきた。まぁそんなものなのだろう、なんといっても幼稚園児だ。いうとおりにして前カゴにピッチちゃんをいれて走りだした。そして幼稚園にいくときには曲がる角を直進して公園にむかうと「どこへいくの?」ときた。オイオイ……。
「公園でピッチちゃんのお墓作るんやろ?」
「うん」
「だから公園にいくの」
「ようちえんは?」
「いくけど、ちょっとだけ遅くなると思うよ」
「ふうん」
……まぁそんなものなのだろう。
公園に着いた。自転車をとめようとすると、また「ようちえんは?」ときいてきた。
「だからピッチちゃんのお墓作ったらいくんやんか」
「もうおそくなるよ?」
「ちょっとだけな。だから急ご、ほらほら」
と自転車から降ろして、お墓をどこに作るかを相談する。大きなクスノキの根元を選び、そこに十センチほどの深さの穴を掘った。抱いてやるといってたこともあるので、一応手のひらにティッシュペーパーを敷いて持たせてやる。怖々だったがそれでもそのまま持っていた。「ばいばい、って言うて埋めてあげ」というと、「ぴっちばいばい」と投げ出すようにして穴の中に入れてしまった。「こらこら、もうちょっと丁寧にしてやれよ」と整えてやる。とはいうもののわたしだって小鳥の死骸に触るのは子どものとき以来だから、本当は親指と人差し指だけでつまみそうになるのだが、なんとかもう少しましな印象でできただろう。
「ほんとにしんでるんだね」
と娘がいった。
「うん」
「どうしてしんだの?」
何度めかになる質問を娘はまた繰りかえした。
「なんで死んだやろな、パパにもわかれへんわ。寒かったからかなぁ……」
と何度めかの返事をする。「さぁ、埋めてあげ」というと、そそくさと蓋をするように土をかけてしまった。まぁそんなものなのだろう。手頃な大きさのコンクリートの破片を墓碑とした。
予想外に楽に進んでいる下の子の断乳。それでも外に出ているほうが気晴らしになるだろうと、妻子で午後の早くから公園にでかけていた。家庭訪問の期間であるために幼稚園も午前中だけだから上の子も一緒だ。三日つづいた雨があがったので今日の公園はにぎわっただろう。苦手な子ともおそらく顔を合わせただろうと思ってきいてみると、なぜか来ていなかったとのこと。そして「もうだいじょうぶだよ」と上の子がいっていた。簡単にいうとイヤなことをイヤだといえるようになったということだった。この言葉に自分でも意外なほどホッとするものを感じた。幼稚園とはいえ、今どきのいじめなどにつながっていくような連想を、どこかでしてしまって気が重かったのはたしかだ。「こんどは、イヤばっかりいって仲間はずれにしたりせんようにな、仲良く遊びや」などと話していた。一応やれやれだ。
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