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娘の感じ方はかなりちがうのだろうなぁと想像するものの一つに電子音がある。携帯電話の着メロのようなやつだ。大量生産型の子どものおもちゃはコスト的にも一番シンプルなタイプの音になっているものが多く、身近な大人が意識して(それもかなり神経質に徹底して)排除しないかぎり、子どもはそういった音にも親しんで育つことになるようだ。うちにもそういう音の鳴るものがいくつかある。代表格はもらいものの「おじゃ魔女どれみ」の魔法のほうきだろうか。プラスチック製のピンク色のほうきの柄にボタンがついていて、押すと、電子音のメロディがピロピロと鳴る。パチンコで大当たりが出たようなせかせかとしたメロディだ。
音程と長短だけの音からできたメロディは電子機器に特有だ。音が無いよりはあったほうがいいだろうという方向からだと、最低限のクオリティの音から装備されることになるだろうから、この用途ならこれぐらいでいいという設計者の判断なども聞き取れるような気がする。リモコンの動作音なら「ピッ、ピッ」で十分。電子レンジならそこに少し色をつけて「ピロリロリン〜♪」でいい。大量生産型のおもちゃだと、どうせ子どもには違いなどわからないからリモコンと電子レンジのあいだぐらいでも十分という感じなのかもしれない。……というのはもちろんたとえ話でおもちゃでも実際にはいろんな種類の音源が使われているわけだけれど、総じて、無表情で乾いた感じのする音が多い。そしてそういったことを感じてしまう時点でいい気分にはなれないものだ。
ところが、子どものほうにはそんなこだわりはまったくない。生まれたときから普通に耳にしている音の一つなわけで、当然ながら安っぽいだとか手抜きだとか無機的だとかいう感覚もない。さきの魔法のほうきのピロピロ音も大好きで、しかもほっておくとエンドレスに繰り返して聴き入っている。「とってもたのしいおんがくぅ!」なのだそうだ。このギャップは埋まらないなぁと思ってしまう。
携帯電話の着メロなんかは、相手によってメロディを設定しておくとそれを聞くだけでときめいたりする……だろうと想像する。結局は他の多くの音や音楽と同じで、思い入れによって聞こえかたがちがうというだけのことなのかもしれない。しかしそれでもギャップは存在するわけで、妻はもっとシンプルに不快感を表明している。「とにかくその音止めてよっ! 頭痛くなるーっ」という感じだ。それはそれでいいと思う。それでも聴きたければ不快に思う人もいるということを承知で、なんとかして聴けばいいのだ。そして、なぜ不快なのかを想像できるようになってくれればいい。
と書くとカッコいいが、実はもう一つの代表格であるポケベルのおもちゃはわわたしが隠した。あの音だけはどうにもガマンならん。
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