title
2001年7月2日(月)
◆《おかたづけ》

 上の子の友だちで、一つ年下のエリちゃんのお母さんがエリちゃんに言った。
「エリ! さぁ早くおかたづけしなさい、でないともう公園でどろんこあそびできないよ!」
「いやあ」
「どうしてぇ、自分であそんだんやからちゃんと自分でおかたづけせなあかんやろ?」
「いやあ」
 といった調子でやりとりがつづいた。エリちゃん、今日はおかたづけの気分ではなかったらしい。まぁまぁ……などと言いながら妻がちょこちょことおもちゃをかたづけている。ジョギング帰りにむかえによったわたしは、汗だくで、すぐにちょこちょこと動く気にもなれずにベンチで見ていた。もちろん公園でのあとかたづけが不要だなどというつもりはないが、「おかたづけ」には少し苦い経験があるなぁなどと思いつつ。

 上の子が三歳のころ、わたしと二人で留守番をすることになった日曜日があった。よしよし、と子どもの言うままに積み木やブロック、ままごとセット、パズルなどを出してあそんでいると、すぐに部屋じゅうがおもちゃだらけで足の踏み場もない状態になってしまった。しかたないなぁと思って、あれこれ話してきかせながら「ちょっとだけおかたづけしようか」ということにした。ところがむすめはどうにもそれができず、次第にわたしも険悪になっていったのだった。「とにかくこの積み木だけでもかたづけよう」がやがて「かたづけなさい」になり、最後には声を荒げて「かたづけろ!」になってしまった。そのときむすめに、泣きながら「だってむつかしいもん」と言われてようやく自分のバカさ加減に気がついて愕然とした。積み木の箱に積み木を並べるというのは、子どもにとって簡単なことではなかったのだ。積み木の箱はきちんと並べられた積み木が収まるように作られており、三角形をうまく組み合わせて四角形を作ったり、立てたり寝かせたりしてきれいに並べないといけない。言われてみれば三歳の子どもの手に負えなくても当たり前だった。積み木にかぎらず、乱雑に散らかったものをかたづける作業は、大人が想像する以上に難しいことなのだろう。わたしは泣きつづけるむすめに「ごめんごめん、むつかしかったな」とあやまった。

 先日、たまたま同じ積み木を出してあそんだあとのことだった。むすめが「パパ、これもうかたづけられるで、みときや」と言って積み木をかたづけ始めた。以前声を荒げたときのことを思い出すと同時に、そのときのことを憶えているのかという驚きと勘ぐりで咄嗟にはことばが出なかった。「ほらね」と手早くやってみせたむすめの「おかたづけ」はたしかに見事なものだった。かろうじて「上手になったなぁ」というわたしに、むすめは「そうでしょ、5さいになったからできるねん」と素っ気なく言ったのだった。……まぁ、だからといって毎回やってくれるわけでもないのだけれど。


♪ with "Perfectly Good Guitar" / Jhon Hiatt