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2001年7月8日(日)
◆《光る泥だんご》

 六月の二十日ごろだったか、PAPIさんから「黒真珠のように輝く泥だんごを作る技をもった大学教授が NHK に出演していた」という情報をいただいた。泥がコテコテになると黒光りするようなイメージはなんとなくあるものの、黒真珠とは尋常ではない。見たかったなァ……という思いを心の抽斗にしまいかけていると、公園ネットワークからきいたという話が妻からもあり、録画ビデオを貸してもらえそうだったので楽しみにしていた。そのビデオのオーナーから、今朝、これから件の番組の再放送があるよという電話をいただいた。おかげで黒真珠のような泥だんごというのをめでたく見ることができたのだった。

 とにかくその光りかたが半端ではなかった。もちろん発光するわけではないから外からの光を反射するわけだが、まわりの景色が映りこむほどにピカピカなのである。しかもごく普通の泥んこからできているという。この神秘の泥だんごの作り方を解明したとして番組中で紹介されていた加用文男氏は、発達心理学の研究者で、研究のためにかよっていた保育園の保育者から見せられたのが研究のきっかけだったらしい。光り輝く泥だんごは上手に作れば十年二十年ともつのだそうだ。三十年ぐらいもてば「これはお父さんがおまえの歳のときに作った泥だんごだ」と自慢できそうだ。また隠しておいて作り方だけ教え、子どもが「パパの作ったやつよりもうまくできるようになったよ」などとうそぶいたときに、「チッチッ、まだまだ青いな、坊主」などと言いながらおもむろにピカピカのやつを桐の箱から取り出したりなんていうのもカッコいいかもしれない。
 番組の最後に、ビニール袋に入れた泥だんごをもったまま転んでしまった男の子のエピソードがあった。袋をひらいて、宝物のような泥だんごが壊れてしまったことを受け入れるしかなくなったときの表情――それこそが宝物のようなものなのだが――が印象的だった。

 当然のことながら、番組を見終わると、泥だんご大好き少女のむすめはこれから作りに行こうと言いだした。やってみたい気分になっていたわたしも妻もわかったわかったと二つ返事で公園にむかったが、考えてみれば泥だんごを作るのに家族して一キロほど自転車をこぐというのもおめでたい話かもしれなかった。しかしできあがりを見てしまって、あれができるかもしれないと思うとそういう行動も不自然なことではなくなるのだ。現にわたしの母も当然のように送り出してくれていた。
 公園についてたっぷり二時間は泥だんご作りに熱中していた。だが結局わたしの作品はヒビ割れに見舞われて自然崩壊のように割れてしまった。少し大きすぎたという説もある。妻と上の子のものは小ぶりで、いつものざらざらのものよりは数段きれいに仕上がっていたが、それでもまだまだだった。帰るまぎわ、一緒になった中国人らしき母子も親子して懸命に泥だんごを磨いていた。……おそらくはわが家もまた挑戦することになりそうな気がする。なお、光る泥だんごの写真や作り方に興味のある方は 日本泥だんご科学協会(Association of Nippon Doroーdango Science、略称ANDS、日本語呼称:アンズ) のサイトへ。

 夕食後上の子が、歯が抜けたといってもってきた。初めてのことである。ずいぶんドキドキしたようで、そのあとも少し大人になったといって興奮がさめなかった。もう歯が生え替わるとは…… 早いものだ。


♪ with "Muddy Waters Blues" / Paul Rodgers