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2001年7月19日(木)
◆《アンジュール ある犬の物語》

 久しぶりに子どもに絵本を買ってやろうとして選んでいるうちに、なにげなく手に取った本。その本には一切の文字がなかった。パラパラとめくっているうちに、茫漠とした景色の中に孤独にたたずむ犬の姿が焼きついてしまい、切なくてたまらなくなってしまった。無防備だった心の不意を打って、ある捨て犬の物語がどんどんしみこんでくる。最後までページを繰ったあとは泣けてきて困った。

 ドン(犬)が死んでしまってから一年以上になる。ドンもまた捨てられていた子犬で、妻の知り合いがマンションの屋上で見つけたのをもらい受けたのだった。当時、わたしの父が大きな手術をしたところで、リハビリをかねて散歩をさせたいという父の意向もあった。その後、父の回復よりもドンの成長のほうが早く、散歩はわたしと母の分担になった。
 父が亡くなってから引っ越したさきは、近くに大きな公園があり、犬の散歩が盛んだった。毎日顔を合わせることになるので、犬連れの人とはすぐに知り合いになる。一度の散歩で挨拶を交わす人の数はすぐに十人を越えた。犬同士の気が合えばさらに話も早かった。
 耳が垂れていたせいか、あるいはわたしの母が入念に手入れをしていたこともあったからか、ドンはよく「なんという種類の犬ですか?」ときかれた。ほんとのところは飼い主も知らないのだが、たぶん雑種だろう、捨て犬をもらい受けたのだと答えていた。相手から幸せな犬だ等と言われても、愛想のないドンは横を向いたままのことが多かった。散歩のあいだはそれどころではないという感じでもあった。
 あるとき、同じような話をしていた相手から、「うちの犬たちも子犬のときに家の前に捨てられてたんですよ。うちは食べ物屋をやってるんですけど、かわいそうでねぇ、結局飼うようになりました」という話をきかされた。その人はマルチーズのような小型の犬を三匹連れていた。「この公園で散歩している犬は多いけど、半分か、それ以上は捨て犬みたいですねぇ。子どもが拾ってきたのをまた捨てにいくわけにもいかずに飼ってたりとか……」とも言っていた。新参者だったわたしに、あの犬もそう、あれもそうと教えてくれる。なるほど、雑種の犬を買う人はいないだろうから、そのほとんどと血統書のあるような犬の一部までを入れれば、半分以上が捨て犬という話もたしかに大げさではないような気がした。散歩で出会ってクンクンとやりあううちに「どこから?」「知らない、遠くから」「そう。実はオレも」などという会話が成り立っているのかもしれない。

 ……そんなことを考えたこともあったなぁと、もう一度愛犬に会えたような気のする本。



アンジュール カブリエル・バンサン絵(BL出版

♪ with "Chronicles" / Eric Clapton