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2001年7月26日(木)
◆《花火》

 花火を買ってきた。大阪には松屋町(「まっちゃまち」と読む)という問屋街があり、この季節はそこで花火の小売りもやっている。大雑把な言い方をすれば良い花火が安くで手に入るので、たしか99年の夏から買いに出ている。

 娘の花火あそびを見ていると、少し麻薬的なものを感じたりする。火を扱う危うさと引き替えの一瞬の光の発散。それに興奮し、消えてしまうたびに次を求めて、燃やし尽くすまでエスカレートしていく。たぶんわたしも同じように夢中になってきたのだろうし、炎を見つめていたくなる気持ちはよくわかる。

 子どもに買い与えるものの中でも花火はもっとも贅沢なものだろう。なんといっても燃やせば終わりだし、それもたいていは一瞬で燃え尽きてしまう。娘が次々と燃やしていくのを見ていると、とんでもない浪費癖をつけているような気になったりすることもある。まぁ夏の間だけだし、大人だって花火好きな人は多いし……と眺めていたりする。

 去年の今ごろの日記には「来年はでっかい花火を見にいこう」と書いてある。二五日は大阪の天神祭で、行けばでっかい花火も見られただろう。けれど、やはり今年も一歳半の子どもを連れて行く気にはなれなかった。快適なところではないだろうし、見てもろくにわからないだろう。上の子だけでもと考えたが、あいにく体調がいまいちなこともあって結局知らせもしなかった。
 その日の新聞の夕刊に天神祭での名物花火師が、その役割から引退するとあった。大阪の小学校で児童八人が殺された事件への思いなどもあってだという。憑かれたように花火をつけつづけ、その輝きに、はしゃいでばかりの娘を見ていると、やがてはそんな心情も想像がつくようになるのだろうかと疑問に思ったりする。いや、そうやって花火に馴染んでいるほうがそういう感覚にも馴染みやすいかもしれないと思い直したり。


♪ with "Who I Am" / Jessica Andrews