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2001年8月15日(水)
◆《カエルとり》

 二、三カ月ぶりで妻の実家を訪ねた。話をしているうちに「(娘は)まだカエルを知らないんですよ」というわたしの言葉がきっかけになり、カエル捕りにいこうということになった。妻の実家の付近にはカエルもザリガニもいるらしい。娘にカエルやオタマジャクシを見せてやることはわたしの、いまや念願になっていた。春先にハイキングでもしてと思いながら機会をのがしてしまったのが痛かった。

 午後一時半をすぎたころ、暑いので一人でいくという義父をわたしと妻と二人の娘でおいかけた。あたりの路地を抜けていく。例によって上の娘が義父と並んで歩き、なにやら話をしていた。強烈な日射しが日なたと日陰のくっきりとしたコントラストを作っている。左手につづく山の景色は建物の陰になって見えないが、そちらの方向から湧きあがってくる入道雲が青空に映えていかにも夏らしい感じだった。いい写真が撮れそうな気がした。気合いを入れて義父と娘の後ろ姿を懸命に写す。そうして一挙に汗ばんだとき、フィルムが入っていないのに気がついたのだった。目眩がした。

 田んぼに着いた。これが稲でお米がとれるんだと娘に教える。ちょうど稲の花が咲いていた。あぜ道を歩くと、たしかにカエルがぴょこぴょこと田んぼの中へと飛び跳ねた。ちゃんとした名前は知らないが、泥と同じ色で、小さいころにツチガエルとかイボガエルと呼んでいたものだと思う。それにしてもカエルが跳ぶようなあぜ道を歩くのはずいぶん久しぶりだった。またしても十年、あるいはそれ以上の時間のことが頭をよぎるけれど、はっきりしたことはわからない。ひょっとすると高校三年のときに滞在した信州の学生村以来のことかもしれなかった。次の田んぼに沿うところからは、あぜ道のわきが用水路になった。アオミドロにウキクサ! そうそう、田んぼの水ってこういうものなんだ、ととぼけたことを娘に言いそうになる。そんなことよりも、義父からまかされてしまったわたしはカエルを捕まえねばならなかった。道具もなしの手づかみである。用水路の中にいるカエルはすぐには田んぼに逃げ込めないので、しゃがみこんで何度も失敗しながらどうにか二匹を捕まえることができた。汗だくだった。もっとはしゃぐかと思った上の娘は田んぼという世界にとまどっているのか、あるいは暑さのせいなのか少しぼぉっとしているようだった。下の娘は歩くのをやめて妻に抱かれていた。あぜ道を抜けるとわたしたちもよく知っている公園に出るということで義父についていく。トンボが飛び、バッタが跳んだ。蝶々の他、カメムシやカゲロウも見えた。途中、ウキクサでいっぱいのバケツを見つけた上の娘は、興味津々で覗き込んでは指を入れたりしていた。「田んぼの水ってそんなふうにすぐにウキクサでいっぱいになるねん。おもしろいやろ」とやっぱり言ってしまった。「おもしろい〜」と言っていた。

 公園に出て木陰で休む。それにしても暑い。お盆休みに入ったころから大阪は透明度の高い空気に入れ替わったようで、それだけ日射しも鋭くなったような気がしていた。それは妻の実家のあたりでも同じだった。公園には何度か来ていたが、実際にあぜ道を歩いてきて、田んぼと隣接していることがようやくちゃんと頭に入った感じだ。もっと早く頭に入っていれば、オタマジャクシもカエルもさっさと見せてやれてたなぁと思う。一息ついてから、トノサマガエルかアマガエルはいないかと、公園と田んぼの境目にある用水路をのぞいた。うまい具合にトノサマガエルがいて捕まえることができた。これで三匹。とりあえずこんなところだろうということで帰ることにした。
 それにしても田んぼはいいなぁ。小さいころにそれほどあそんだわけでもないけれど、それでも身近なものだったのだろう、どこかしら懐かしい感じがする。そして子どもの活動の場の一つとしてもちょうどよい空間であるような気がする。生き物がいっぱい……であることよりも、そこにそれなりの生態系があってその空間自体が生きているという感じだ。なによりその気配がいい。

 妻の実家に戻ると、義弟がカエルをペットボトルに入れてくれた。見ているうちに上の娘は三匹の新しい友だちがとても気に入ったらしく、ペットボトルを立ててみたり寝かせてみたりしながらあそんでいた。もちろん連れて帰るつもりだ。さて、餌をどうするか……。


♪ with "Affection" / Lisa Stansfield