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上の娘は今日もプールを休む。自由参加なのでそれ自体は問題ないけれど、ついこないだまでウワゴトのようにプールプールと言ってたことを思うと、やっぱり気になる。とはいえあまりとやかく言うのもなんだし……。要するになにかおもしろくないことがあって、それにこだわってしまっているのだろう。そうなるとなかなか気持ちが変わらないのは別にプールにかぎったことではない。
たとえばおもちゃや積み木のあと片づけが大嫌いだ。幼稚園ではするらしいが、家では徹底的に抵抗する。片づけなければならない時間がくると、それまであそんでいた積み木が急に汚いものにでも変身したかのように、触れようともしなくなる。口数も減り、話しかけてもあまり返事をしなくなってしまう。気分が沈んで沈んで沈んで思考そのものまで止まってしまうような感じだ。結局は、おもしろくないお片づけをせねばならないということの嫌さ、の呪縛にあっているようでもある。そしてそれは叱られる状態だということもわかっているから、ますます拍車がかかって、結局最後に厳しく叱られて大泣きするようなことが多い。親(多くは妻だが)としても本当に嫌なやりとりだ。
子どもにはよくあることなのかもしれない。嫌なことの一つや二つ、あったほうが健全なぐらいで、こだわらないほうがいいのかもしれない。けれど、毎日のこととなるとやはり何かボタンの掛け違えみたいなものがあるような気がする。片づける、ということの伝え方がうまくいっていないのか。楽しいことだけをすればいいとでも信じてしまっているのか。それともこちらが駆出しの親のころに強く叱り過ぎたことでもあったか。
中毒のように見ている「リボンの騎士」のビデオで、主人公のサファイアが捕らえられ、牢屋の掃除などをさせられるシーンがある。明るくて屈託のないサファイアは「ラララ〜♪」と歌いながら、辛いはずの作業を楽しくこなしていく。「シンデレラ」などお姫さまものにはよくあるシーンだ。はじめから「楽しい」や「楽しくない」が決まっているわけではなく、サファイアのようにすれば嫌なことでも「楽しく」することもできるはず。……そんな話をしてみたら少しいい顔になった。うまく変化していけばいいのだけれど。まぁぼちぼちと。
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