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2001年9月2日(日)
◆《金魚より大きい》

《9月1日(土)》
 幼稚園の二学期が始まった。娘よ、さぁみんなとしっかりあそんでこい。それがおまえの基礎になり、エネルギーの源泉になる。

 午後、昨日届いた自転車を組み立てる。なかなかいい。しかしいくら乗りたいと言っても、上の娘ではまだ身長が足りない。
 その後、上の娘と絵本を借りに図書館へ。いつもは行きたがらないのに素直についてきた。帰りがけ、機会があれば読んでみようと思っていた『「少年A」この子を生んで……』を見つけたので、借りたばかりの絵本のうちの一冊とかえてもらう。1997年に神戸で起こった連続児童殺傷事件の犯人の両親が書いたものだ。少し読んだだけだが、読みながら妙にドキドキしていた。

《9月2日(日)》
 人工の小川のある公園へ子どもを連れていく。今回で三度めになる。いまいち気乗りのしないわたしを、絶対行きたい!という上の娘と、ビールをキンキンに冷やして持っていくという知り合いの話がひっぱっていった。

 それにしてもすっかり涼しくなった。これまでの二度のように暑さと日射しを意識することもなく、好きなことをしてあそぶ子どもを見ながらだらだらと過ごす。上の娘とわたしはあそびの面では相性がわるく、もっぱら下の娘のサッカーやフリスビーの相手をする。といっても実質は、よちよちと走り回っているのを見ているだけだ。そのうちにキンキンビールの知り合いが現れ、さらに別の知り合い夫婦も一緒になって昼ビールとなった。後からの夫婦は育児家というのか、子ども好きで、家の中も幼稚園か遊園地のようだとか。あそびにきた人がこんなおもちゃを置いてくれというリクエストを出すので、入場料をとろうかなどと言っていた。三人目を妊娠中の奥さんは、そろそろお腹がわかるかなというところだ。
 その夫婦の次男坊くんが小川に入ってあそんでいるうちに、コケてずぶ濡れになってしまった。それを見たお父さんが照れ隠しのようにして笑いとばすと、次男坊くん、小川の中から「わらうなぁ」と泣きながら何度も繰り返していた。わたしもお父さんにつられて少し笑っていたので慌てて顔を引き締めて頷いた。そういうところは男の子だなぁという感じがする。うちの子なら「パパぁ〜」「ママぁ〜」と大泣きするのがせいぜいだったかもしれない。いずれにせよ、このあたりのことはわたしにとってもいま関心のあるところだ。子どもにとってのハードな経験が、たとえば「強さ」や「根性」を養う糧となるか、それともこの先何年も心のどこかに残る「傷」となるのか。あるいはその両方か。その境目はどのあたりで、そのような結果を決めるものはなんなのかといったことだ。もちろん子どもの性格によってもちがうだろうし、もっと微妙な、そのときの気分やタイミングのようなものも影響するのだろう。

 小川の端っこの池になったところで、網で魚捕りをしている上の娘を見にいく。その場で知り合った年上の男の子といっしょだ。娘の持っているビニール袋を覗くと、アメンボが一匹入っていた。そのうちに男の子が八センチぐらいのフナをすくい、「袋あけて、あけて」と叫んだ。「うわぁ、でっかいさかな! きんぎょよりおおきい!」と娘も興奮している。フナを入れるのと引き替えにアメンボが逃げた。大騒ぎだ。邪魔をしてはいかんのでそのあたりでわたしはベンチのほうに戻ったが、娘と男の子もすぐに戻ってきて、収穫を披露していた。だが、どうやらフナが弱っていたらしく、しばらくすると娘が小川に放していた。
 結局、見に行かなければわたしはこの一幕をほとんど知らないままだっただろう。娘も大きくなった。


♪ with "Painted From Memory" / Elvis Costello with Burt Bacharach