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2001年9月7日(金)
◆《超号泣》

》》》 過去埋め編 》》》

 この数日、下の娘のようすが尋常でない。機嫌が悪くなるととにかく泣きじゃくる。八月の中ごろから傾向はあったが、ここへきてただ事ではない感じになってきた。号泣をとおりこした超号泣、もはや絶叫といったほうがいいような泣き方。限界を超えて泣くためにノドを腫らしてしまったのだろう、風邪のような咳をしていると思っているうちにほんとの風邪になってしまったようだ。言葉の段階が上がる前にあることだという話もあるが、とにかく耐えるしかない。

 午前一時すぎ、「ぎゃーっ!!」という泣き声で起こされた。まただ。ハードディスクがクラッシュしたコンピュータをなるべく早く復旧させたかったこともあって、そのまま起き出した。わたしが何か言ったり触れたりしただけでも泣くようなところがあるので、そのまま部屋を出る。それからは三十分おきぐらいに同じような泣き声があがった。妻に抱かれたまま一旦眠っては、何かのきっかけがあってか、無くてか、とにかく目を覚ましては泣くわけだ。
 何回めかでさらに一段と激しい泣き声になり、わたしが思わず立ち上がったのと同時に、妻の「もぉー、いやっ!」という声が聞こえた。とにかく娘を受け取り、ちょんちょんと軽くほっぺたを叩いて「いい加減にせい」と言ってみる。娘のほうも自分自身で収拾がつかなくなっていたのか、朦朧とした顔だったが、とにかく泣くのをやめた。妻はそのまま階下に降りてしまった。

 すぐにもどってきた妻は娘の食べ物とスポーツドリンクを持ってきていた。この数日こんな調子で睡眠が不規則なため、今日も夕食時はほとんど眠っていて食べていなかったのだ。ブチ切れてしばらく帰ってこないのかと思っていただけに冷静でいてくれてほっとした。わたしではどうにもならないので腹をくくっているのだろう。娘はよく食べて、よく飲んだ。眠気と空腹とが混ざってわけがわからなくなっていたのかもしれない。そこそこ食べると俄然ゴキゲンの笑顔になる。その落差がこちらの疲れを癒しながらも浮き彫りにしていき、それまでの緊張を溜め息に変えていった。だがそれも束の間で、またふとした拍子に泣き始めてしまい、結局、娘はそのとき食べたものをほとんど吐いてしまった。そのあとビデオを見ながら妻と娘が寝入ったのは四時をすぎたころだっただろう。わたしのほうは、新品のハードディスクにインストールした新品のシステムが凍りつくのはなぜかを解明しようとして、そのまま朝を迎えたのだった。

 早いとこ埋めておきたかったが、何千人もが殺され、この国も加担する戦争が始まるかというときに子どもの話などあまり書く気になれなかった。しかしやはり幼い子どもには罪も責任もなく、彼らなりに生きてもいるわけで、書けるあいだは書き留めておこうと思う。彼らが平和な時代を生きられるように、わたしが何をすればいいかを考えないといけない。

 あらためてテロによる犠牲者のご冥福をお祈りいたします。(9/18)


♪ with "Bookends" / Simon & Garfunkel