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仮面ライダーよりは人造人間キカイダーのほうが好きだった。頭の半分が透明のアンドロイドで、良心回路というものを持っていた。その回路が不完全なために善と悪との狭間で苦しむ。それを象徴するように体全体も縦に赤と青に二分されていた。故石ノ森章太郎の傑作キャラクターだろう。たしか最後は、完全な良心回路を持つ完全なアンドロイドになるよりも、不完全なままの良心回路を持った、より人間に近い存在であることをキカイダー自らが選んだように思うが、よく覚えていない。
自分自身の不完全すぎる良心回路のことは棚に上げて、子どもを育てるようになってから、あらためて良心という言葉を意識するようになった。今の日本では法律や道徳といった規範からはずれた話題が毎日のように伝えられる。つい最近も、教え子と同じ年代の中学生に手錠をかけたまま死なせて黙っていた教師がいたとか。もちろん教師でなくとも許されることではないが、教師に簡単に犯罪者になってしまわれると子どもへの説明に困ってしまうだろう。官僚の詐欺も、警察の犯罪も同じだ。
何から何までガチガチに決まり事を作っても、結局のところ良心に基づいた行動がされなければ意味が無く、どんな組織もシステムもまともには動かないものだろう。いつでもどこででも良心を問われつづけるというのも肩の凝るものかもしれないが、最後の一線を踏みとどまるための良心がキープされていないと、他人に大きな迷惑をかけたり罪を犯したりすることになってしまう。不完全な良心回路であっても、壊してしまっては人間の範疇にも入れてもらえなくなる。捕まりさえしなければ何をしてもいいというのが間違っているのは当たり前の話だ。
話を広げてしまうと、たとえばいくらミサイル防衛構想に力を入れても、今回のテロのような事件には対処できないのは明らかだろう。ハイジャックを防止することも大切だが、それでもパイロット自身が洗脳されたりするかもしれないし、私有機に強力な爆弾を積んで自爆されたら防ぎきれないのではないだろうか。最終的には、宗教や思想を問わず、最後の一線を踏みとどまれるような良心を持った人間を育てていくしかないような気がする。きれいごとなのかもしれない。しかし小さな子どもを育てている身でもある今は、何千もの命が奪われる現実を前に、そんなことでも考えねばやりきれない。
上の娘の良心回路はまだまだ不完全以前のテストの段階だ。妹が同じことをしても同じように叱られなかったり、自分がすると叱られることを友だちからされたりと、彼女なりにいろいろな矛盾を感じたりしながら懸命に学んでいるところだろう。法律や道徳の前に、今は親の教えが彼女にとっての一番の規範にちがいない。といっても、わたしも妻も良心回路の設計図など持ってはいないし、そうした矛盾について訊かれるたびに納得のいく話をすることも容易いことではない。ときにはお互いの愛情を出しにして、無条件の信頼を強いたりしながら、手探りでやっていくしかないのが実状だ。ここ一番ではきちんと良心に基づいた行動ができる人間になってくれることを祈りつつ。
……いや、その前に自戒が先だが。
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