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昨日の子どもまつりで幼稚園の中を歩いていると、やはり女性の職場だなぁと感じるときがあった。教室の隅っこのあまり目につきそうにない所に、色紙のちょっとしたかざりつけがあったりすると、男の感覚ではこうはいかないなぁと思ったりする。女性特有の細やかな神経…… などというのは今風のジェンダー論的には歓迎されない言い方かもしれないが、そろそろ少しずつ固くなってくる気配のあるわたしの頭では、そんなかざりつけと男性のごつい指先はあまり結びつかない。
実際に子どもをジェンダーフリーに育てるというのは簡単なことではない。たとえば女の子は赤、男の子は黒、みたいな固定イメージを払拭、あるいは最初から植え付けないようにするには、子どもが目にするものからそういったシンボルをできるだけ除くべきだと思うけれども、現実にはそんなことはできない。上の娘がピンクのドレスにあこがれるのはおもにディズニー映画の影響だと思うが、彼女が目にするすべてのものの中からディズニー情報を選択して排除することは無理だし、それができたとしてもその部分を埋める他の情報を吸収するだけだろう。なにより子どもの目に映る大人のすべてがそれぞれに文化的な背景を持った女性であり男性であるわけで、最初はそれをそのまま受け入れる形で自分たちの女性観、男性観を作っていくのだと思う。まずはそれを尊重する形で接していかないと、適当な年齢になって自分たちの世代の感覚として調整が入るときに、自分の感性に自信が持てなくなるような気がしている。
言葉の分野は、もう少しジェンダーフリー化?がすすんでいるだろうか。といっても女性が女性特有の表現を捨てて、男性と同じ表現を使おうとするのは昔からよくあることだ。わたしの小学校のクラスにも自分のことを「ボク」と言う女の子はいたし、「オレ」と言う子もいた。それはそれでかわいかったりしたものだ。
ジェンダーの話からは少しそれてしまうが、最近、上の娘が口にする中では「すげえ」「うまい」が目立つ。
「うまい」は「おいしい」の意味の「うまい」だ。テレビやラジオでもタレントなどが普通のように使っており、このあたりに違和感を覚えてしまうと、自分でもそろそろ時代遅れてきているのかもしれないという気になったりする。特に小さな子どもにとっては「おいしい」イコール「あまい」であることを体験で知り、辞書にも「うまい」に「甘い」が当てられていたりすると、幼稚な印象を強くしてしまうのかもしれない。ラジオのDJが「あれはウマイですよねー」などと言っていると、コイツほんとに味わかってるのか……と思ってしまうことさえある。さらに、その「うまい」をわざわざ女性が使いたがるのもしっくりこない。男性が「うまい!」ばかり使うのは幼児語みたいなもんだと笑ってるぐらいのほうが、女性のプライドを感じたりするのだ。
「すげえ」は…… とりあえず冗談くさい感じがするので、今はまぁどっちでもいいというところか。
と、そんな感性の親のもとに生まれた娘の宿命で、そういった言葉からチェックが入りつつある今日このごろ。
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