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わたしは小さいころ帽子をかぶるのが嫌いだった。鏡を見て似合うと思えなかったり、暑苦しかったり、アゴにかけるゴムが嫌いだったりしたせいで、私服だった小学校でもひょっとすると登下校時には体操服の帽子をかぶるようなきまりがあったかもしれないが、おとなしくかぶった記憶がなかったりする。
その点、最近の小学生は素直だなぁと思う。近所だと生徒たちは紺の制服に黄色い帽子というスタイルで、おおむねきちんと帽子をかぶっている。趣味の問題もあるけれど、引っ越してきた当初はそういう子どもたちを見るたびに不思議な気がしていた。一、二年生ならともかく、幼稚園風なデザインの帽子をけっこう大きな子がよく文句も言わずにかぶってるものだなと思っていたのだ。わたしなら絶対に拒否しただろう。
音楽の仲間とふとそんな話になり、よく似た感覚を確認したこともあった。彼は仕事の関係で小学校を訪れることもあり、サンプルもわたしよりずっと多かった。たしかに紺の制服に黄色の帽子は多いと言い、そして子どものいない彼はいとも簡単に「死んでるようなヤツが多いでェ」と言ったのだった。殺伐とした話題には事欠かないご時世だから、多少はそういった感じのバイアスもかかっているだろう。しかしそのうち小学生になる娘がいるわたしにとっては簡単に相づちを打っておわれる話ではなかった。
もっともわたし自身、中学のときの理科の教師が授業中に「死んだような生活をおくっていないで、もっとしっかり生きてほしい」といった話をしていたのを覚えている。だからたとえ「死んでるようなヤツ」が目につくとしても、特に最近にかぎった話でもなく、そして見た目ほどには死んだ状態でもないのだろう、ぐらいの感じも持っている。
いずれにせよ、今の小学校というのはわたしにとって未知な部分のある世界だ。学級崩壊や適性を欠いた教師がいるといった話もある。いじめだってあるだろう。大いに気になるところだが、実際に、通学路であるわが家の前を行き来する様子を見ている範囲では、特にひどい状態だという感じはしていない。
今日は新一年生の身体検査の日だった。漠然とだが、小学校に入るまでが一つの区切りのように考えてきたので、いよいよという思いが強い。
ところでまだきちんと確認できていないのだが、小学校ではあだ名で呼び合うことが原則認められていないとか、男の子を「くん」づけで呼ばせないらしいなどと妻からきいた。ネットでひいたかぎりではそれほど事例がひっかかってこない感じだけれど、そのあたりどうなのだろう……。
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