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2001年11月6日(火)
◆《病院通い》

 日曜夜に入院した一人暮らしの親戚の用で病院にかよっている。もともと、良い印象を持っていない病院でもあるためか、院内売店の中にお金を払ってもありがとうとも言わない店があるとか、エレベータに乗っていた医師が年配の入院患者にむかって「何階?」と「ですか」をつけずにきくとか、そんなことばかりが目につく。そういう自分もまたイヤな性格のような気がしてくる。

 今日は病室に着くと、入院先が形成外科から脳神経科に変わっていた。若い救急医からそのような可能性はきいていたので意外ではないが、最初から脳神経科でよかったのではないか、そのほうが少しでも患者のためになったのではないかという気持ちはどうしても残る。
 言われたところへいき、用向きを告げると看護婦から「主治医の先生からお話があると思いますので、一時間ほどお待ちいただけますか?」と言われた。いきなり一時間待てと言うのもすごい。予想外のルールを押しつけられたような気がして一瞬たじろいでしまったが、予定があるので待てないと正直に答える。必要なものを早く持ってきたほうがいいと思って立ち寄っただけなのだ。それでも何度も同じことを言うのであらためて来ると言うと、結局、外来診療中の主治医の時間を割いてもらうことになった。その話では、親戚は脳梗塞で、早い時期にリハビリを開始するけれども高齢でもあるため右半身に麻痺の残る可能性が高いとのこと。状況が安定した段階で退院して、在宅か専門の施設に入ってリハビリをつづけることになるということだった。

 それにしても、家族がいないというのはなんと寂しいことなのだろう。ある程度リハビリがすすまないかぎりはこのまま家に帰ることもできなくなる。そしてそうなっても、気にかけて様子を見に行く者さえいないことになる。わたしやわたしの家族がいくにしても、もともとあまり付き合いがなかったこともあり、モチベーション的な意味でも十分というわけにいかないだろう……。想像するだけでも重苦しくなる。そのせいかわたしの母も疲れたような、浮かない顔をしている。

 夜寝る前、上の娘が漢字を教えてくれと言ってくる。「山」だ「川」だとあれこれやりながら、自分が老いたときはやはりこの子に見送ってもらうのか……などと思ったりする。そんなことは今まで考えたこともなかった。世話をかけたくはないけれども、何もかもを自分で決められるというものでもないのだろう。そのときに負担にならないよう努力するしかない。
 やがては、娘自身も自分の子どもを見てそんなふうに思うときがくるのだろうか。それもまた子どもが持っている前向きの力なのかもしれないけれども。


♪ with "Red Dirt Girl" / Emmylou Harris