|
親戚が脳梗塞で入院してから一カ月になる。病状が安定してきたので転院してリハビリをつづけることになるようだ。介護認定の調査の立ち会い、転院先の選択など、わたしがやるしかないことが次々と出てくる。
まず今入院している病院のケースワーカーと話し、転院先としていくつかの病院をあげてもらう。長期療養の可能な病院ということになる。症状だけでいえば自宅療養も不可能ではないようだが、家族がいないために実際には自宅にもどるのは無理だろうとのこと。ということは、自立した生活ができるようにならないかぎり、転院が転居のような意味をもつことになってしまう。そして、経済的な負担を考えると自宅を処分するしかないということにもなってしまうようだ。病院という場所から帰るところがなくなってしまうわけで、理屈はわかるのだが、過酷な話だと思う。
朝、病院から自宅に電話があり、転院先を決めるために早急に動いてほしいとのこと。とにかく、紹介されたいくつかの病院を訪ねてみるしかないようだった。面会にいく前にまわってみることにする。
ケースワーカーが不在だったりして、三つめの病院でようやく詳しい話ができた。ここは老健施設も持っているので有力候補になっている。だが、結局はベッドの空きがないとのこと。それなら最初からそのように言ってくれそうな気もするので、こちらの話の中になにか受け入れたくない要素があったのかもしれない。四つめの病院も老健施設が併設されていて有力候補だったが、時間切れで外観だけ確認するにとどまる。
その足で面会にいき、婦長さんも交えて話をする。日ごろからつきあいのほとんどない親戚なのでここらへんからは距離感が微妙だ。意識がはっきりしていることもあり、決定はあくまでも本人にしてもらうというスタンスを通すしかない。
その折り、部長回診というのを初めて見た。権威主義の象徴のようにもきいていたが、ほんとにそのとおりでずいぶんエラそうな感じのものだった。医師にもよるのかもしれないが、脚気を調べるときにつかうハンマーのようなものを振り回しながら歩く姿は、虚勢っぽくて知的にも見えない。
兄に状況を知らせるメールを書くとねぎらいの返事がきた。そういう言葉に触れると、自分のことながらあらためて「親しきなかにもねぎらいが大切」などと思ってしまう。自戒自戒。
|