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2001年12月24日(月)
◆《イブに叱る》

 午前中、ようやっと年賀状印刷にかかる。今年はなぜか気合いが入らず、正直なところちょっと手抜きだ。プリンタのエラーがあり得るので印刷のあいだ離れてしまうことができない。そのうちに部屋の片づけになっていた。
 同じように片づけをしていた妻が、まちがって上の娘のBB弾入れのケースをひっくり返してしまった。小さな玉が花火のようにひろがる。そばであそんでいた娘が即座に、
「じぶんでかたづけてやッ!」
 と言い放った。妻を睨みつけるようにしていた。
「……なんでそんな言い方するのよ」
「ぶっちゃかしたもんが、かたづけなあかんやろ!」
 不必要にエラそうな言い方だった。実際にはもう一言二言あったと思う。このところ少しそういう傾向はあったが、少なくともわたしの前ではこういう物言いは絶対に許さない。迷わずに介入した。
「お前、何考えてそんなしゃべり方しとるんや!」
 と一喝。黙っているので、
「何考えてるのかきいてんねん、なんとか言え」
 と問う。その言葉に、
「なんやねん」
 という挑戦的なセリフが返ってきた。そこでキレた。娘を持ち上げて別の場所に移し、もう一回言ってみろと迫る。あとはオイオイと泣いて、ごめんなさいのいつもの形になった。

 午後少し遅くなってから公園に出る。そのころには日が翳っていて冷たかった。21日付けでも書いた、上の娘の悩みのタネになっている子も来ていたのは予想の範囲だ。まだ自転車を降りないうちに娘のところにやってきてひっぱっていこうとした。なるほどたしかに強引で、娘に有無を言わせない。困った子だ。だがそのあたりは妻にまかせてわたしは下の娘の担当になった。

photo まず最初はすべり台の逆のぼり。靴を履いているとうまくいかないのでこの寒さの中で素足になるという。そうして素手と素足でステンレスをつかまえて「よいしょよいしょ」と言いながらのぼっていく。のぼりきると「いゃっほう!」と言いながらすべるというのをしつこく繰り返していた。そのあとさらに大きなすべり台、シーソー系の遊具などと制覇していく。うまくいくいかないに関わらず何度も何度もトライしていくあたり、かなり執念深いタイプのようだ。上の娘は自分でできる範囲のことをして次から次へと移っていったように思う。そのあたり対照的な感じがする……と思ったところで、上の娘が二歳台のときにこんなふうにわたしがついて見ていたことがあったかなと疑問になり、妻にきいてみた。ないと言われた。わたしが子どもを見なかったというより、公園にいくときは必ず妻が一緒だったということだ。娘のほうもわたしなんか眼中になかった感じで、思えば寂しい日々だった。
 わたしと上の娘の関係は、わたしが大声で叱りつけるところから始まったのかもしれんなぁなどと記憶をたどってみる。鬼のようになって叱ったときは、その都度それでいいのかどうかがわからず思い悩んだものだった。今となると、娘の言葉が荒れて攻撃的になったときは、すべて外での関係がうまくいってなかったときだったとわかる。転園の前後や友だちとのトラブルのときだ。今日もまたその例に合う。叱る前にそのことを思い出せればと、いつもあとになって思う。

 妻が神経をつかっていたので、こないだのように上の娘が水をかけられたりすることもなかった。帰宅後はケーキとフライドチキンのクリスマスイブ。娘自身はここへきていまいち盛り上がりに欠けている感じだった。お誕生会やクリスマス会で燃焼してしまったのだろう。

 夜遅くなってからプレゼントの段取りをする。なんだかんだ言って、親をやっていることを最も強く実感する瞬間の一つだ。よろこぶ顔が楽しみでたまらない。


♪ with "Boas Festas" / Ono Lisa   



 『石のお寺』
 「石のお寺のときのレストランのスパゲッティみたいな味がする!」スーパーのコロッケが新メニューで、香辛料の風味が新しくなっていた。用心しながらそれを食べたときの上の娘の言葉。お墓参りの帰りに立ち寄るファミレスの味のことだった。石はともかく、お寺はどこで覚えたのだろう。(2001.12.20)

 『ハンカチのマフラー』
 襟元のあいた服を着ていたので、あそびにいく前の上の娘に妻が首にスカーフをさせた。気に入ったらしい。(2001.12.20)

 『いゃっほう!』
 だっこからおろしてやるときなどに下の娘が言う。どこかから降りるときに言うと決めているらしが、階段を降りようとして抱いてやるときに言われるとちょっと気になったりする。(2001.12.22)