幼稚園の選び方を読まれた方からメールをいただいた。ご意見を......ということなので返信したのだが、エラーメールが返ってきてしまった。どうしたものだろう......。
子供会でアイススケートにいってきた。今年は60人ほど。去年までの100人規模と比べるとぐっとこぶりに思える。気が楽といえば楽だが、寂しいといえば寂しい。気楽といっても責任がないわけではないので、やっぱり寂しいのほうが強いか。なにより、子どもたちにとってはにぎやかなほうがいいだろう。
上の娘は合唱団があるので来ない。下の娘は楽しみにしていたが、上の娘ほど滑りに夢中になる感じではなく、なんとなく一人で滑っている。たまにかき氷を集めたりしながら。
アイススケートというのは、なにもなければリンクをずっと同じ方向に回っているだけのようにも思う。一年ぶりの感覚も徐々に戻り、小一時間もすると退屈してくる部分もあるのだろう。上の娘はスケートが好きで小さいころからローラースケートもしていたが、下の娘はそれほどでもなかった。個性というのか好みというのか、いろいろあるものだ。なんとなくクールな感じの下の娘だった。来年も一緒に滑れるかな......。
仕事の繁忙期で帰宅が遅くなる生活が続いている。それなりの緊張感があるわけだが、これは開放感などで緩めれば緩むという感じがあまりしない。そういう緩め方には三日なり四日なりといったある程度の時間が必要で、その日帰宅してほっとすることで疲れが癒される......という気は、あまりしない。結局溜まっていくだけのような疲労感とどう向き合うかかなと思ったりする。といってそれほど大げさな疲労感でもないのだけれども。
今日は待ち構えていたように上の娘に捕まえられた。ちゃんとした授業をしない教師がいて、我慢も納得もできない。どうしたらいいかという話だった。わたしが娘と同じ歳のとき、ひどかった英語の教師の授業をクラスでボイコットして結果的に代わらせたことがあるという話をしていたので、どうすればそんなふうにできるのかという問いでもあった。
そう言われてもなぁ......。結局のところ一人ではどうにもならないだろうが、黙っている必要もないので、まずは担任と相談することからだろうと話す。
小学校での教育やPTAなどでの活動を通じても思うことだが、この地域は正義を大切にしない。タテマエだけでも正義は最優先にするものの一つだろうと思うのだが、最初から後回しで、何よりもナミカゼが立たないようにといった感じだ。役人論理のようなものが浸透し切っている。事情に通じている人から、大阪の教育行政は全国的にみてもかなり歪だという話をきいたこともある。学力や体力の低さもそんな結果としてあるのかもしれない。まだわたしの頃は、基本的に正しいこと----ちゃんとした授業をしてくれないので勉強にならない、といったことであれば、学生が意思表示や行動を起こしてもそのこと自体がマイナスに評価されることはない感じがあった。まぁ思い込みだったのかもしれないが、しかし今はそんな感じ自体が無い。ナミカゼを立てる人間として低く評価されることが有り得る感じがするので、それはそれとして注意がいるだろうといった話もする。
実際問題、こんな話を持っていってたとして中学校のPTAはどう反応するだろうか。
おとなりに訃報があった。娘たちをよくかわいがっていただいた方だ。早すぎるご逝去。どうしようもない哀しみと無常感に襲われる。お父さんの飄々とした雰囲気を残しておられた方だった。夏の夜に花火をしていると、何日かして、大きめの打ち上げ花火を買って「一緒にやろう」と娘たちを誘いに来られたことがある。少しでも迷惑のないようにと、斜めにして飛ばした。それ自体はどうということもないし当たり前の時代もあったのだろう。だが嫌がる人がいるとややこしいことになるかもしれない。ムチャするなぁと思ったと同時に、ぱぁっとやりたいんだろうなと思った。
ご冥福をお祈りするしかできない。
娘たちがお世話になりました。本当にありがとうございます。どうぞ安らかに......。
バンドの初練習。暮れのディナーショーでやったオールディーズ・メドレーをやってみる。ショーには全員が出たわけではないので、出なかったメンバーも含めてたまにはみんなで譜面を追っかけてみようということだ。と言いつつ、実際は出たほうのメンバーがせっかく練習したコンディションを落としたくないというのもある。と思う。たしかに指は動くぞ。
しかし緊張感がちがうというのか、リラックスできるというのか、同じ曲でもずいぶん気持ちがちがうものだ。というのは暮れのころから思っていて、本番が済んでからだと完璧にやれるだろうなぁとなんとなく思っていた。そのへんが素人根性なのかもしれない。
まぁでも、バンドもこれだけ続けると面白いというか、一生ものの趣味になってしまった。音楽はもっと面白くなると思っていたけれど、60〜70年代のロックのあれは、ちょっと特異なことだったのだろうなぁ。それを体験できたことが幸せなのか、それが永遠のものではないことを知らされてきたことが不運だったのか。それとも、単に追い切れていないだけ、わかっていないだけなのか。
なんでもいいや。
たぶん今年もライブの一つや二つはするのだろう。それはそれで楽しくやろうと思う。久しぶりに曲も書かないと。
下の娘がとうとうソフトを休んだ。
9日の土曜日に、例の長時間練習があったらしい。朝7時から4時半までの約10時間。まぁ得られるものもあるとは思うけれど、疲労することも間違いないだろう。そのあたりのバランスも考えないといけないのは確かだ。
加えて、たしかに嫌気するだろうなと思うほどの冬休みの宿題が残っていたとのこと。気が滅入ったのだと思う。今日は試合のあとにみんなでぜんざいを食べる日だったらしいが、娘は疲れたといって朝からいかなかった。
ぜんざいだけは食べにこいと総監督に言われ、出ていくだけはいった。まぁ......そんなこともあるわな。さらに現場では試合が長引いて、ぜんざいも2時間遅れだったらしい。
そんなこんなでバタバタバタバタしながら1月は過ぎていくのかな......。
11時ごろから下の娘とキャッチボール&ノックをしに公園に出かけた。先客あり。ソフトチームの次期監督父子がいて娘の顔色が変わった。(笑) ノックしてもらえ〜と言ったが、それだけは嫌と頑なな態度。どうしてかときいても「お正月からケガしたくない」としか言わない。ケガさせられたことなどなかったと思うのだが。そのうちに監督父子も現れる。
それはともかく、娘はいい球を投げた。監督も「いいボールきてるなぁ」と声をかけてくれる。とうとうきたーという感じ。これがコンスタントになって試合でもでるといいのだけれど。
午後からはせいぜいゆっくりしようとこころみて、近くの温泉プールにいく。三月で閉館という話。まぁ正直なところそんなにうまくいく感じもなかったが、それなりに利用もしたし、オープンのときには新聞の取材のモデルになったりもした。なくなるとしたら寂しいかぎりだ。なんとかなるといいのだが......。
さぁ明日から仕事。おそらくいきなり残業。
妻の実家へ。毎年のことだが、子どもが生まれてからだけでももう十年以上こうして過ごしているのだなぁとふと思う。自分も含めてすべての人が歳を取っていく。当たり前のことだが、何もかもが変わっていくものだ。結局、変わらずにいられるものは人の気持ちだけなのかもしれないとふと思う。暖かく穏やかに迎えてくれることにいつも感謝している。
今年は途中から映画鑑賞になった。交通事故で家族を失った男の壮絶な贈り物の話。同じ境遇になったらこんなふうに死ぬのもいいかもしれない。ただしそれには健康でいなければ。いや......想像するだけで心が痛い。
年々正月が簡素になる。
仕方がないのだろうな......。
午後から下の娘の希望で凧揚げにいく。風がとても強かったが、凧揚げ向きといえばいえる。そうえいば同じ公園の広場での、上の娘との凧揚げの写真が残っている。あれからもう十年ほどになるということか。
その上の娘も、寒い寒いと言いながらついてきて、ジャグリングをしていた。家族が揃ってこんな時間を過ごすのも、正月ぐらいになったのかな。
凧は結局空に舞ってしまい、それを潮に帰宅した。
それから妻と下の娘と三人で初詣。上の娘は寒さがこたえたらしく自宅療養。母親も、風に当たって歩くのは厳しそうなので強いて勧めなかった。下の娘はりんご飴がどうしても食べたいとのこと。とてもおいしかったらしい。
年賀状は、子どもたち宛が一番多かったかもしれない。上の娘にきたのは同性からのみ。それはそれでヘンなような気もする。
兄からの年賀状の宛名の中に自分の名前がない、「早く死ねばいいと思ってるんや」と母親がぼやいていた。わたしが一番嫌いな類の愚痴だ。その兄から夜になってから電話。ずいぶんと話し方がゆっくりになり、老けた感じの声になっていた。そういえばアラカンと言われていい歳か......。声をきいたことで母親の機嫌がよくなった。しかし母がぼやくのも当然と言えば当然だろう。どれほど忙しくとも、声をきかせるぐらいは年に一度以上できると思うのが人情。
小四の娘にとって今年はどんな年だっただろう......。
凄いよなぁ。
もともと運動系が嫌いではなく、ボールがあればずっと遊んでいるところがあった。お姉ちゃんにくっついて子供会に通っているうちにソフトボールのピッチャーに。インフルエンザの流行で休校の時間を持て余し、公園でキャッチボールしてたらチームの監督に声をかけられて、知ってる子も居ない、男の子たちばかりの世界に飛び込んでいった。本当に凄いと思う。
中二の娘にとってはどうだっただろう。
悩み多き時代のまっただ中だろうな。
でも、明るく、まっすぐに生きている。
それが親にはどんなに嬉しいことか。うまく言ってやれないけれど、おまえは間違ってないよ。自分を信じていけ。おまえの能力があれば怖いものなんかない。
妻にとってはどうだっただろう。
母にとってはどうだっただろう。
自分にとっては......
書く時間がないや。
とにかく、家族全員けっこうパワフルにがんばった一年だった。
そしてわが家的には初めて、年越し(12時)の初詣に下の娘といく。
満月だけど、思いっきり寒い〜