好送球

 下の娘のソフトボールの大会。毎年こどもの日におこなわれている大会で、たくさんのチームが参加している。おもしろいのは出場選手に学年の制限をかけていることで、チームの合計が45学年以内でないといけない。しかも女子は5、6年生でも4年生としてカウントされる。
 娘のチームはけっこう期待できる感じだったが、実際の試合は厳しかった。3チームでの予選リーグで初戦は苦戦の末に追いついたもののタイブレイクで1点差負け。しかし勝ったほうのチームが2戦目を同じく1点差で負けてくれたので、3巴の形になりそうだった。決勝トーナメントに残るためには2試合めを2点差以上で勝たなくてはならない。3点リードで迎えた最終回、ツーアウトから1点を取られてなお1、3塁の大ピンチだった。ここでベンチからの指示は「盗塁を刺せ」だった。1塁ランナーの盗塁に反応したキャッチャーが2塁に送球すれば3塁ランナーがホームインするわけだが、ツーアウトなので2塁で刺せればそこでゲームセットになる。キャッチャーの肩がいいので、ここで一気にケリをつけようということだった。

 手に汗というのが大げさではないほどの緊張感だったが、予想どおり一塁ランナーはスタート。キャッチャーの送球を見た瞬間、相手ベンチから歓声があがり三塁ランナーがホームに突っ込んだ。しかしうちのチームのキャッチャーの送球は完璧だった。狙いどおりタッチアウトでゲームセット。......いや、すごかった。プレイヤーが子どもであろうとプロ選手であろうとプレーやゲームの本質は変わらない。いいシーンを見せてもらった。

サントリーホワイト

 親父と飲みたいなと、ふと思った。初めてのことかもしれない。
 飲めない人には致死量のような酒を毎晩飲んでいた親父を好きではなかった。まじめな話を受けとめてもらえそうになかったというのもある。そんなふうにはなりたくないと思いながら、それなりに毎晩飲んでいるわたし。親父ほどには酔ってはいないつもりだが、つまらないことも話しているのだろうな。

 親父は戦争のときのことをよく話した。それがどの程度の時間感覚だったのかが、ようやくわかるようになった気がしたのはつい最近のことだ。要するにその当事者にとってそれほど昔の話でもなく、わたしで言えば今でも続けている音楽の、中学のころの話をするようなものだったわけだ。

 親父はサントリーホワイトを愛飲していた。一番安くて一番旨いウヰスキーだと言っていたように思う。ケースで買っていたそれを、ちょこちょことくすねていた。盆と正月ぐらいしか仏壇にそなえたことのないホワイトを、ふと買ってみた。

 でももし本当に親父と飲めたとしても、話は合わないのだろうなぁ......。

かもしれない

 下の娘のソフトボールの練習に朝から付き合う。このところ試合続きで、ゆっくりと練習するのは久々だった。最近は試合で見ることができなくなった娘の投球も久しぶりに見れた。相変わらずクセはあるが、それでも、投げている彼女を見るのは好きだ。きっとファンなのだろう。(笑)

 昼食のため一旦帰宅する。食事しながら見ていたテレビで、連続ドラマのヒロインが泣いていた。大正時代ごろなのか、東京の大学に進学したいと父親に話したら猛反対にあった。殴りつけんばかりの思いを父がちゃぶ台にぶつけたはずみで、割れて飛び散った食器が彼女の顎のあたりを傷つけてしまった。そのことに今度はオロオロしてしまう父。その姿に自分への思いを感じるヒロインが目に涙を溜めて言う。いけ好かない、嫌な父親だったらどんなにいいか。そんな父親ならどんなに反対されても東京に行ってしまうのに......。でも、どうしても東京に行きたい......。

 父親を愛していなかったら悩むこともない。そうやよなぁ。何よりも自分を顧みてそう思う。愛しているとかいないとかはあまり考えなかったが、好きだとか、尊敬できると思ったことはなかった。わかってもらえていると思ったこともあまりなかった。でも愛されているのだろうとは思っていたか。それでも家業をどうするかといったことにずっととらわれていた。たしかにもっとだらしない父親で、もっと嫌いだったらもう少しぐらいは自由に生きていたかもしれない。少なくとも考える段階ぐらいは。

 そろそろ、そんな父親でいるほうが娘にもいいのかもしれないなぁ。そんなふうに考えて行動するのもまたおかしな話だろうが、今現在の状況を強いてどうこうしようと思わなくてもいいのかもしれない。娘に切られたのなら切られたでいいのかもしれないし、彼女が怖いのなら怖いでいいのかもしれない。いつか忘れるのならそれでいいのかもしれないし、ずっとこのままでも、それはそれでいいのかもしれない。
 かもしれない、だらけ。
 よくわからん。

ぼんやり

 下の娘のソフトボールの試合で朝からグランド整備にいく。試合を見ながら、昨日上の娘に絶叫された「もう高校生活の話なんか絶対にしない!」という言葉を繰り返し思い出していた。ぼんやりと。

 それにしてもあの流れでそこまで言われるのだなぁ......。逆ギレなどという言葉を使いたくはないが、激情が沸点を越えると何を言ってもいいかのような状態になって泣き叫ぶ。そしてその沸点がどんどん低くなっていく気がする。一時的なものかなぁ......。感情的だよと何度も言っているが、そのことはどう捉えているのだろう。

 今まで娘を「怖い」と思ったことはなかったが、今の自分は本当に彼女を怖がっているような気がする。娘自身を恐れるわけではないかもしれないが、彼女と関わることの怖さというのはある。或いは彼女を傷つけたとしても、意図しないのにそうなっていくという流れ自体が怖いと思う。
 謝って済むとも思えない。いつものようにそのうちに時間が解決してくれるのだろうが、そういう流れにまだ自分をまかせてしまえない感じ。いやそれも含めて時間にまかすしかないのだろう。傷つけたとしても、傷ついたとしても、それが癒されるまでの時間は要るのだろう。......しばらくぼんやりしていたいなぁと思う。

連絡

 上の娘の高校生活で最初の遠足。海水浴場でバーベキューということだった。問題は現地集合で、電車の乗り方がわからないと前日から大騒ぎしていた。念のためにと妻が携帯電話まで持たせ、お昼ごろに一度「着いたか?」というやりとりをしたのだった。
 仕事の終わりにiPnoheを確認すると、娘から空メールが入っていた。空メール......正確にはiPhoneのsmsに独特の、マンガの吹き出しのようなメッセージが一つ。吹き出しの中には何もない。いかにも言いかけたことや伝えたいことがあったかのように見える。しかし空メールとはいったいなんだろう......。妻の携帯でメールを打ったことはないが、空であってもメールが届いたということは、まったくの誤操作とも考えにくい。作成画面にはしたものの、書かずに閉じようとして間違って送信したというところだろうか。無視しようかとも思ったが、こういうことは相手にとってすごく気になるものなんだよと、携帯電話を使い慣れていない娘に伝えておいたほうがいいと考え「どうしたの?」と反応した。実際、気にはなる。しばらくしても返事が無かったので改めて留守番電話も入れておいた。

 帰宅後、娘からの連絡がないことを妻と話しているうちに、緊急連絡先になっているリーダーと担任に電話をしてみることを妻が言いだした。そこまですることもないとは思うが、電話一本で話が済むのならイライラした時間を過ごすよりはいいと考えてリーダーに電話を入れた。しかし相手は電話に出なかった。留守番電話に切り替わることもなく、いつまでも呼び出し続けていたが、出なかった。二、三度繰り返してあきらめ、今度は担任にかけてみた。驚いたことにこちらも同じ状態だった。単なる参加者ではなく、緊急連絡先としてプリント配布している二人の電話がどちらもマナーモードになっているというのも考えにくい。わたし自身、子供会などで子どもを引率することがよくあるが、携帯電話をこんな状態にすることはまずない。着信に気づかずに過ごしてしまうことのないよう可能ならイヤフォンをしているし、していないときも携帯電話の確認は絶やさない。それが引率に関わっている者の最低限の責任だと思うのだが。この状態はどういうことなのだろう......? 基本的な責任感が欠落しているのか、それとも本当に何か電話に出ることのできないことが起こっているのか。なんとも気持ちの悪い感覚が胸のあたりをもやもやと過ぎていった。

 不安と同時に怒りを覚える。お互いに余計な心配をしなくていいように連絡の手段を設定しているのだろう? それがなんでこんなことになる? 娘からの空メールがなかったら......。そもそも電話などしなかっただろう。責任者が電話に出てくれていたら......それで済んだだけのことだっただろう。そのうちに、学校に電話してみようかと妻が言いだした。もし何かあったのなら学校には連絡がいっているだろうからそのほうが確かだろうと。そのとおりなのだが......。

 やがて娘からメールが入った。「(空メールは)間違えたみたい」ということで、ああよかったーと思う。親なんて単純なものだ。連絡さえとれればそれでまずはオッケーになる。
 さらに少しして娘が帰ってきた。とても楽しい一日だったらしい。枕詞のような「ごめんなさい」を通して、とにかく楽しかったことの話がしたかったようだった。その雰囲気が歯車に絡む糸くずのように、さっきまで不安と怒りに翻弄されていたわたしの気持ちに絡んだ。チョットマテヨ...... オマエノコウコウノセンセーヤ、エンソクリーダーワ、キンキュウレンラクサキノイミヲワカッテイルノカ? などとゴタクを並べた。それに娘がキレたのだった......。


 わたしも言い過ぎていたのだろうが、娘からももの凄い勢いの言葉が返ってきていた。正直落ち込む。娘の激情というのか、ヒステリックな感情のぶつけ方は苦手だ。怖くて物が言えなくなる気がする......。

これからのこと


 行きたくてたまらなかった公立高校の受験に失敗し、私立に通うことになった娘。どんな言葉を使えばいいのだろう......。
 脱力感。それはあるかもしれない。過去数ヶ月、なんとか彼女の思いが満たされるようになってほしいと胸の苦しくなる思いを抱えてきたことは事実。結局不本意な形になってしまったことで確かに脱力感はある。だがそれはそれ、立ち止まっているわけにもいかないのだからそんなことでは負けていられないとも思う。
 不憫。そう不憫。自分に残された時間を差し出すことで彼女の現実が変えられるのなら、彼女の気持ちが晴れやかになるのなら、喜んでそうするだろう。だがそれは叶わぬこと。無念さとしてわたし自身が処理していくしかない。そしてやはり気を取り直して前に進め、大切な大切な三年間をできるかぎり充実して過ごせ、そう励ましてやるしかないような気がする。

 これから、彼女にとっては満足のいかないことや期待はずれなこと、失望、不安などと直面していくことになるのだろう。どうしたってそういう思いに取り憑かれることがあるだろう。できるなら、そういったことを冷静に、平然と受け止め、捉え方や考え方の角度を変えてみることを試し、少しでも自分の糧となるよう接していってくれたらと思う。それは希望通りの学校に進んでいたとしても同じように起こることで、ことさらに否定的な思いを自分で付け加えても、何も良い方向には向かないから。そして否定的な思いに沈む姿を見るのはたまらなく辛いことだから。

朝のこと


 上の娘と不調。一昨日だったか、わたしの連休の最終日、今の我が家的には年に数回であろうと思える誰にも予定のない朝だった。妻とジョギングして、いつもより小一時間遅い朝食の準備の時間だった。30分ほどかけて二人の娘を起こしていたが、特に上の娘は起きると言いながら起きなかった。しびれを切らして、というより朝食の用意ができそうだったこともあり「朝もちゃんと起きられない人間はうちの人間やないな」といって(怒鳴ったわけではない)食卓に降りた。その言葉がいけなかったようだった。
 思い切りの膨れっ面で降りてきた娘に、わたしが「朝から不機嫌な顔で来るなよ」と、これはちょっとこっちも不機嫌に言った。何度か家族にも表明していたが、わたしは朝から不機嫌な人を見るのがかなり嫌いだった。まぁ誰だってそうだろう。さぁ今日もがんばるぞ〜という気持ちの足をひっぱられるのは嬉しくない。しかしそのときの娘にはわたしのその言葉は理不尽な言いがかりのように響いたのだと思う。

 食事が終わって下の娘もまじえて母娘がだべっているうちに、上の娘が怒りだした。「妹にはエラそうにされるし、パパには朝からこの家の人間やないって言われるし、最低やっ!」とわめいた。離れたところから伝わってくる地震のように、娘の言葉がわたしに届いた。「何回も起こしてて、起きるって言いながら起きへんから、言われただけのことやろ......」といった意味のことを言ったと思うが、細かいことは覚えていない。ただ娘の次の一言がヘンなところに当たった。「ひどすぎるやんか!」と娘は金切り声をあげた。......なに? ええかげんにせえよ......。


 他愛もない親子喧嘩だと思う。そう思うのに、妙に重いものが心の内側に日に日に沈んでいく。「うちの人間」云々を言葉が過ぎたとわたしが譲ればいいのかもしれないが、それを心がうんと言わない。「ひどすぎる!」という、感情にまみれた自分の尺度を投げつけてくるやり方が、甘えをはらんでいて、この先そんなヒステリックな手法で人間関係を解決していこうとするなら、それはわたしの一番嫌いな部類のことだ。娘にはそんな女性にはなってほしくないが、そう思うのも父親のエゴか......。などなど、あれこれ考えていくほどに、娘とのあいだに距離がひろがっていく。

 ただ、この二日はさすがに起こしてやろうとは思えない。起きない娘を起こそうとしてひどい人間呼ばわりされるのはごめんだ。目覚ましでもなんでも使って各自朝は自分で管理すればいいだけのこと。そうやって過ごしていくうちに忘れてしまえば、それはそれでいいのかもしれない。

叔父なのか


 町工場に生まれ、子どものころから家族のような「おっちゃん」や「おばちゃん」がたくさんいた。その一人に「ゆきちゃん」がいた。
 母親の義理の弟ときいていたが、そんなことを認識するようになったのはずっとあとのこと。ものごころついたときから自分の世界にいる人の一人だった。
 経営者である父と、ゆきちゃんの相性はよくなかった。やがてゆきちゃんが去り、父親が逝った。

 長い時間が流れた。ゆきちゃんがどこにいったのか、生きているのか、そんなこともわからなかった。
 そんなゆきゃんが亡くなったと、親戚から連絡があった。あれこれの事情で、ゆきちゃんの相続について引き受けることになる。きけばそもそもわたしの母とゆきちゃんのあいだも直接の血縁ではなく微妙な感じだった。いくつか戸籍謄本をとり、叔父は叔父だとわかったが、これからが大変そうだった。さてどうなるのか......。

雑記2


 繁忙期あけの連休がおわった。
 ゆっくりしたようなしてないような......。

 前回持て余していると書いたことたち。

 母親の老化。
  これはつきあっていくしかない。
 下の娘の不安定。
  植物が育つか育たないかといった感じでもない。つるがのびる方向を探している感じか。
 叔母の看護。
  これもつきあっていくしかないだろう。
 地震。
  考えることは山ほどある。ただ、本当のことは伝わってないんだろうとも思う。
 子供会の世代交代。
  どうするんだろうね。
 上の娘の受験。
  おわった。
 母親の義理の弟の死。
  これが重い。あれこれと調べものなどがつづく。弁護士に相談するなどしかないかもしれない。
 受験の残念な結果。
  仕方がない。
 地域行事。
  おわった。
 バンドのライブ。
  おわった。まぁまぁ楽しかったけど......寒かった!!
 そしてもちろん、仕事上の諸々の出来事。
  これもつきあっていくしかないのだろう。

雑記

 いろんなことがありすぎて、持て余している。
 母親の老化。
 下の娘の不安定。
 叔母の看護。
 地震。
 子供会の世代交代。
 上の娘の受験。
 母親の義理の弟の死。
 受験の残念な結果。
 地域行事。
 バンドのライブ。
 そしてもちろん、仕事上の諸々の出来事。

 娘の受験は残念だったなぁ......。
 結果は娘のものだからそれ自体をどうこう思う気持ちはないのだけれど、たくさん並んだ出来事に対峙していくエネルギーをもらえそうな気がしていた。

 道は決まったのだから、しっかり進むことを考えればいい。娘にはそう思う。


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